手放したもの
どうも、どうも。
わたくし、人ではないものです。
人ではないのですけれども、人にまつわる仕事をしておりましてね。
誰が好き好んで、命のあるものなんかに関わる仕事をするのかってね。
まあ…、就職難のせいで、手を出さざるを得なかったわけなのですけれども。
わたくしの仕事はずばり、回収業でしてね。
人が気軽に置き去りにしてしまうものを、そそくさと片付けてまわるという泥臭い作業を延々と続けておるのです。
人というのは、生き急いで…感情を置き去りにしてしまうんですよ。
実に身勝手に、己の感情をそこらかしこにほっぽりだす連中がおるんですよ。
人は愚かですからねえ。
感情を投げ捨てては、素知らぬ顔をして生きていくのです。
抜け落ちた感情に気が付かないまま、平然と死んでいくのです。
でもって、いけしゃあしゃあと生まれていくのです。
感情の抜け落ちた人ってのは、随分味気ないものになってしまうんですがね。
どうした事か、それが魅力的だとかいう個体も少なくなくてね。
いつも落ち着いている、高望みしない、人あたりがいい、我慢強い、さっぱりしている、付き合いやすい……。
感情に抜けのある人ほど、他人を優先させがちでね。
生きているのは自分なのに他人のことばかり気にして、さらに感情を投げ捨てるようになってしまうのですよ。
感情は、感情でしかないから、留まり続ける事しかできなくてねえ。
ずっと同じ場所で、くすぶり続ける事になってしまうのです。
放置されている感情は、思いがけず人に影響を与えてしまうこともあるのでね。
わたくしみたいな業者が、回収することになっているんです、ええ。
集めた感情は、生まれゆく魂に移植するのですよ。
最近は、何らかの感情が足りない魂というのが増えておりますからね。
上手く馴染むこともあれば、馴染まないこともありますがね。
信じられないミラクル効果を起こして、感情が豊かになり過ぎるような事もありますがね。
すでに持っている感情に、さらにプラスされてしまうようなパターンもありますがね。
スカスカの穴だらけの魂よりは、幾分生きやすかろうとですね。
誰かが捨てた感情でも、誰かにとってはかけがえのない感情になりうるのだとですね。
上のモノが考えることは、正直いまいち納得ができない部分もあるのですけれども。
雇われている側の存在であるわたくしには、ただただ従う事しかできないのです。
……ああ、あんなところに感情が。
理不尽を呪って手離した、怒り。
余裕を見せようとして放り投げた、嫉妬。
空気を読んで偽った、本心。
利益を求めて放った、おべっか。
前を向くために置き去りにした、悲しみ。
ちまたにあふれる感情の多さというのは、現代を生きる人の物足りなさを表しているのです。
感情は、捨てて…補充するものではないと思うのですよ。
己の中にある感情を、そのまま人生の終焉まで連れて行けばいいのにねえ……。
……わたくしは、人ではありませんので。
己の感情を捨てて、魂に穴をあけて、他人の感情を詰め込まれて、藻掻きながら生きていく気持ちは、理解できないのですけれどもね。