6 避暑地・1
舞踏会が終わり、本格的な夏を迎えた。
私は、焦げるような陽射しを避けて、湖畔のガゼボからレオを眺めていた。
私と子供たち。それと、ソフィアとアンの子供たちで、本格開業をするホテルのプレオープンに合わせ、避暑に来ていた。
そして、子供たちを彼女たちに預けた私はレオとあっていた。
レオは、湖畔の木陰にイーゼルを置き、真っ白だったキャンパスを青く染めている。
私は側に腰掛け、頬づえをつきながら、レオの手元を眺めていた。
一つ不満なのは、ここでもマダムの許可を取らないと、レオに会えない事だった。
レオと会えるのは今日だけ、今日だけなのだ。
数日、この湖畔のホテルに滞在するのだが、レオに会えない。会ってはいけない。
それなのに、レオは私よりキャンバスに夢中だった。
「ねぇ」
久しぶりの逢瀬なうえ、第二夫人の事もあり鬱憤が溜まっていた。
私はしびれをきらして、レオに話しかける。 彼からの返答はない。
「ねぇ、ってば・・・」
甘えたような声を出しながら彼に近づき、背後から肩に腕を回して、絵を覗き込む。
まだ、下絵の状態だったが、湖と女性のようだった。 モデルは誰なのだろうか。 私?それとも、ほかのパトロン?
微動だにせず、絵筆を動かす彼のシャツのボタンを、上から一つづつ外していく。
何処まで外せは、相手をしてくれるだろうか。
悪戯心が湧き出した。
「・・・」
ボタンを全部、外してしまった。 彼のシャツをはがしても、レオは動じない。私の指先が宙を彷徨う。
素知らぬ顔をするレオを、どうにか困らせてやりたい。
ソロソロと脇から指先を下におろし、彼の太ももに手を置く。自然、体重が掛かり前のめりになった。
彼の絵筆が、ピタリと止まった。そして、再び色を重ねていく。
「レオ・・・」
吐息を吐くように、彼の耳元で囁く。 と、同時に肌触りの良いトラウザーズのボタンに手を掛けた。
ふと「レオの衣類は、誰が用意しているのかしら?」と、疑問が浮かんだ。
いつも、仕立ての良い衣装を着ていた。
嫉妬心が沸き上がる。 今までの私に無かった感情だ。
一つ、二つとボタンを外し、最後の一つに指を掛けた頃、レオの息遣いが荒くなる。
妙な幸福感を感じながら、レオの唇を奪う。
絵筆を落とした彼の腕が、私の首根に回った。
「ジュリア?」
彼は、私の身体を引きはがし、マジマジと上から下まで視線を動かした。
そこには、一糸まとわぬ私の身体がある。
「清い関係の契約でしょ?」
戸惑う彼の言葉を無視して、無言でレオの膝にまたがった。
ーーーこの間の舞踏会に、主人の愛人が来ていた。
あろう事か、彼女は第二夫人の座を与えられた。
彼の隣に立ち、挨拶を受ける姿をソフィアと見た。アンと見た。
アンは絶句していた。
私のテリトリーに、彼女は土足で踏み入ってきた。 公式の場所での、彼の隣は私の物だったのに。
主人はレオの事を匂わせて、私を黙らせた。
彼の隣の立つ第二夫人は、小さくかわいらしく、庇護欲をそそる容姿だった。
そして、匂い立つように若い。
ーーー私の中で、醜い感情が生まれていた。
上手く説明できないが、嫉妬なのか独占欲なのか、対抗心なのか。
愛人に対する怒りと、レオに対する歪んだ感情。
レオを利用して、主人の嫉妬を煽りたいのか。はたまた、その逆か。
レオの唇を、無我夢中で求める。
彼の指先の温もりを、全身で感じる。
レオにまたがった私の下腹部は、少しふっくらとしていた。
独身の時は、こんな肉はついていなかった。
腰も、もっと細かった。腕も、もっとほっそりとしていた。
段々と劣化していく自分の身体が見苦しい。 もう、誰にも求められないのだろうか。
レオが私に優しいのは、私がパトロンだからだ。
「ねぇ、軍人さんの絵、描いたでしょ」
絡みあう舌が離れた一瞬、こらえられず尋ねた。
「あぁ、戦勝祝いのでしょ? 王城に呼ばれて、緊張したよね………」
「あれ、私の主人なの」
私の乳房をまさぐっていた彼の手が、一瞬止まる。
「そう………」
温度の無い返事が、帰って来る。 やきもちも、焼いてくれないのか。
「それでもあなた、私を抱けるの?」
「お望みとあらば」
ふざけて、かしこまるレオ。
「私の身体で欲情するの?」
返事がない。それが、答えなのだ。
虚しくなり、彼の膝から降りようとすると、そのまま地面に押し倒された。
青臭い匂いがして、芝がチクチクと背中に刺さる。
いつになく真剣な眼差しを私に向けたレオは、とても丁寧なキスを浴びせてきた。
すくいあげるように、なぞるように・・・。
いつの間にか、背中にレオのシャツが引かれ、芝のチクチクを感じなくなっていた。
それぐらい夢中に、レオの口づけに夢中になっていた。
「後悔しない?」
レオが確認してきた。
問いかけられて瞼を開けると、私の上にまたがる彼の下腹部が、私に欲情している事を教えてくれた。
「レオ、愛してるって言って」
彼の背中に手を伸ばし引きよせ、そう強請ったがレオは答えない。
無言で私の胸に顔を埋める。
彼の、パトロンに対しての線引きを見た気がした。
どこまでも優しく、思いやりのある彼の愛撫を受けながら、どこか虚しく、そして、ままならない感情を弄びながら、もう、戻れないと悟った。
あの時、レオの事を匂わされた時、瞬時に否定していれば、第二夫人の話は無くなったのかもしれない。
でも、出来なかった。 彼を手放せなかった。 手放したくなかった。 偽物の関係だとわかっているのに。 いずれ終わる関係なのに。
(そうか、わたし、レオに恋してしまったんだ)
欲情が溢れ出した。
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