2 一線
レオの絵をエントランスに飾った。 マダムの家に飾られていた夜空の絵。
『星空の夜』と名付けられたその絵は、どこか寂しいような、それでいて、どこか激しさを隠しているような・・・相反する雰囲気を感じていた。
「見れば見るほど、不思議な絵ね・・・」
絵画の前に立ち、身じろぎ一つしない私に、形式上の夫が声を掛ける。
「君が何をしようが構わないが、私の邪魔だけはするなよ」
今日は、定期的に開かれる集会の日だ。
彼が何をしているのか、私は知らない。
唯一知っている事は、軍の一員として王城に出入りしている事だ。
彼の役職も所属にも興味がない。
でも、彼も周りの貴族の事は知識として知っている。
今日開く集会の名簿には、王城の美術品を管理する部署の役人の名前があった。
なので、この催しに間に合うように、彼の絵を飾ることを急いだ。
上手くいけば、役人の目に止まるかもしれない。
そうでなくとも、誰かの目に止まるかもしれない。それを期待していた。
「言われなくとも、割り振られた予算の中で購入してます」
「同じ買うなら、有名な画家にすればいいものを」
「誰も知らない画家を見つけ出して披露するのが、楽しいんじゃないですか」
フンと鼻を鳴らして、彼は立ち去る。
そんな私達を見て、使用人たちはオロオロする。
「やっぱり、いいわ………」
再び『星空の夜』を仰ぎ見て、一人恍惚感を感じていた。
*****
レオのパトロンになるにあたって、マダムに確認した事がある。
まず、貴族かどうか。 私と生活圏が重なるかどうか。
偽名を使っているのに、社交の場で彼と出くわすのは流石に気不味い。
そもそも、貴族が絵描きになる事は無いだろうとは思うが。
ましてや、お金で買われる事を享受する事は無いはずだが、念には念を、だ。
マダムも、レオについて「細かい事までは知らない」と言う。
隣国の貴族だったが、破門され平民として画家をしている。と、教えてくれた。
隣国の貴族ならば、私と顔を合わせた事はないだろう、と安心する。
平民として生きているならば、社交の場で顔を合わせる事もない。
不安は払拭された。
レオは、どこまでも優しく、私に忠実だった。
「ジュリアが望むなら、身体の関係を持っても構わない」
そう言いながら私の手を取り、まるでマッサージをしているように、執拗に手を、指を弄ってくる。
主人以外の異性に、素手を触られた事がない私は、どうしていいのかわからない。
ただ、指先から伝わる熱に、顔が熱くなる。
顔を赤らめ、口をパクパクしている私を「かわいい」と言い、優しく引き寄せ、抱きしめるレオ。
首筋に感じる吐息に、変な声が出た。
クツクツ笑うレオは、イタズラっぽく見上げてくる。
そして、「じゃあ、これは?」と、私の唇を啄んだ。
とたん、私の眼から涙が溢れた。 自分の意思では止められない。
慌てるレオ。必死に謝ってきた。
「ごめん。 そんなに嫌がられるとは思わなかった」
白く細長い華奢な指先で、私の涙を拭い出す。 反対の腕は、私の背中を優しくなでていた。
あぁ、そうか。 私は触れて欲しかったんだ。
話を聞いて欲しいかったんだ。
構って欲しかったんだ。
女として見て欲しかったんだ。
私は、今、嬉しいんだ。
「嫌じゃないわ。お願い、私を見て。私の相手をして。話を聞いて。そして、私に触れて頂戴」
私は、レオの首に腕を回し、彼の唇を貪った。
無我夢中にレオの唇を求めた。
一瞬、驚いた様に身体を強張らせたレオだったが、次第に私の動きに呼応し、彼の指先が背中から、ゆっくり降りていった。
胸を、腰を、臀部を執拗に撫で回されたのは、いつ以来だろうか。
爽やかな若葉のそよ風を感じながら、私は女に戻っていった。