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現代ファンタジー短編小説まとめ【BLUE clover note】  作者: ほしのそうこ
山あざらしのサン
7/13

食べられたくないので、人間に化けることにした

(あらすじ)

謎の生き物、その名は「山あざらし」。人間の手のひらサイズの小さな命。彼らはおもしろおかしく平和そのものに暮らしているが、ただひとつだけ負の伝統がある。自分を食べた生き物に来世で転生できるという信仰があり、年に一度、人間の子供に食べてもらうための生贄を捧げるのだ。



【捕捉解説】この作品の設定部分(山あざらしが社会生活する上で必要なあれこれ)は不条理系のつもりであえて無視して書いています。

 その生き物は今も、この国の海と山のいずこかに集落を築き、おもしろおかしく暮らしている。……らしい。


 種族の総称は「山あざらし」。


 海に住む山あざらしは寒いのが好き。海の中にある縦に細長い、塔のような洞窟に住んでいる。最上階には望遠鏡があり、海の中からでも夜空の星を眺めて楽しむことが出来る。


 山に住む山あざらしは暑いのが好き。山の中の村に住んでいて、そこにはお店がたくさんあり、山あざらしはみんな手に職を持ち働いている。コックさん、大工さん、他にもいろいろ。


 海を泳いでいる姿ならかろうじて、「……あざらし?」と思えなくもないのだけれど。山にいる姿はどんぐりに手足頭がくっついたようなずんぐりむっくりしたシルエットで二足歩行。異様すぎて「……あざらし??」と思ってしまうことだろう。


 肌の色は個体差があり、赤青黄色オレンジなどの単色に限らず「虹色」のような激レアカラーまでいたりする。


 海と山の山あざらしはごくたまに、富士山のてっぺんで交流会をする。


 こんなに楽しく暮らしている彼らなのに、ただひとつだけ、負の伝統がある。


 年に一度、集落で最も優れた山あざらしの若者をひとりだけ選び、人間の子供に食べられるための生贄として捧げるのだ。


 山あざらし達の社会では、自分を食べた生き物に転生できると信じられていた。


 海に住んでいるのは魚に、山に住んでいるのは獣に捕食されがちな彼らは、来世で人間に生まれ変わるために人間に食べられることを栄誉と考えていた。




「十四歳の誕生日、おめでとう。海琴(ミコト)ちゃん」


「ようやく今年はあなたの順番になったわね。山あざらしをいただける、この村でただひとりの子供のね」


「わぁーい、やったぁ~」


 同じ「山元の家」に暮らす子供達、職員達、日頃から見守ってくれている村の大人達に囲まれて、祝福の拍手を浴びるのは竹屋 海琴(たけや みこと)、十四歳になったばかりの女の子。彼女より先に山あざらしの味を知った子供達は口を揃えて、「今までの人生で食べたものの中で一番おいしかった」と絶賛する。それを聞いて、ミコトはいつか自分の順番が回って来るのを待ち焦がれていたのだ。



 ミコトの着席するテーブルの目の前、山魚の刺身に囲まれて舟盛りにされたオレンジ色の山あざらしが横たわっている。みかんの皮みたいな色をしているなぁ、と感じさせられてミコトの食欲を増幅してくれた。


 前菜代わりに刺身を平らげたミコトは、いよいよ待望の瞬間を迎える。山あざらしを右手で鷲掴みにして、



「いっただっきまーす!」


 大口を開けて、その中に山あざらしを放り入れようとした。その寸前に、山あざらしが手の中からすり抜けてテーブルに落ちる。刹那、



「よっっしゃああ! 計画通り! ざまあみろ、人間め! おまえら人間は、自分と同じ人間の形したものは食えねえんだろ~!」


 まぁ、オイラ達山あざらしだって共食いなんかしねえけどな! と高笑いしているのは、テーブルの上にあぐらをかいて座り込む全裸の少年。小学校高学年くらいの年ごろに見える少年は、得意満面、いわゆるドヤ顔ってやつである。ミコトはきょとんと、周囲の人々は唖然とした顔で彼を見る。



「山あざらしはどこ行ったの?」


 どこか呑気な調子で疑問を投げるミコトに、少年は間髪入れずに答えてみせる。



「おまえが食おうとしてたその山あざらしがオイラなのさ! 人間に食われたら人間に生まれ変われるなんつー根拠のない迷信を真に受けて、生きたまま貪り食われるなんてオイラはまっぴらごめんだぜ!」


 そこで、山あざらしは自分が生き延びる為に策を講じた。山で狐を探して取り入って、人間に化ける術を教えてもらったのだ。元より山あざらしの集落で最も優れた若者であるからこそ、今年の生贄に選ばれたのだから。本気を出して考えればこれくらいは朝飯前。僅かな期間で変化の術も完璧に習得してしまった。



 ところがどっこい。優秀な山あざらしの作戦が思惑通りに進んだのは、ここまでだった。


 ミコトは手を伸ばし、少年のほっそりした腕を無遠慮に掴み、自分の口元まで持ってくると……。



「ぴぎゃあああーー!? いってぇ! 何してんだこのガっキゃあ!」


「何って、見た目が変わっても味は同じかもしんないし。食べるよ?」


「わぁあーーん! 誰か助けてー!」


 ミコト本人はお構いなしでも、周りの大人達は少年の姿になった山あざらしを変わらず「食べ物」として扱うことが出来ず。ミコトから引き離して、噛みつかれたところを手当てしてくれた。山あざらしは泣きべそをかきながら手当を受けたのだった。



 長年待ち焦がれてついに順番が回ってきたというのに、取り上げられた。ミコトは不満に思うのではと心配されたが、意外にもけろりとしたもので。



「よく考えたら、せっかくあたしのために来てくれた山あざらしを『食べておしまい』にしたらもったいないかもしれないよね。食べるのはやめにするから、今日からあたしの相棒になってよ」


 ミコトはうきうきと、段ボールにタオルを敷き詰めて、山あざらしのための寝床を作る。そしてその夜、自分の蚊帳の中、布団の枕元にそれを置く。



 段ボールには厳重に蓋がされているわけでもなく、寝床に天井はなく開放感がある。蚊帳だって、人間の手のひらに乗るサイズの山あざらしですら、持ち上げれば簡単に脱出出来る。


 けれど、山あざらしはなんとなく、ミコトの元から逃げ出さずに夜を明かした。



「誰かと一緒に寝られるってすっごい久しぶりだし、寝る直前におやすみーって言い合える誰かがいるって嬉しいなー」


 枕に右頬を埋めながら、段ボールの縁から彼女を見下ろす山あざらしを見つめるミコトの目は、夜空の星々のようにきらきらと輝いていて。その無邪気な眼差しにどこか魅かれる感情を否定出来なかったのだ。




 ミコトが住んでいるのは山に囲まれた村の中にある、「山元の家」と呼ばれる施設である。わけあって親と一緒に暮らせない子供達の居場所で、ミコトのように居住している子も、都会からわざわざ通いでやって来る子もいる。


「チヨおばちゃん、いってきまーす! あたしがいない間、山あざらしをよろしくねーっ」


 ミコトは中学校へ通うためにバスに乗る。子供達を見送るために来た、山元の家の責任者、チヨおばちゃんの腕の中に山あざらしは抱かれている。



「ミコトちゃんって面白い女の子でしょ?」


 帰り道、チヨおばちゃんは山あざらしに語りかける。


「面白いってか頭おかしいだろ! 人間の姿したオイラでもヨユーで食おうとしやがって!」


「私達のところに来るまでのミコトちゃんは、今より落ち着いた普通の女の子だったみたいなんだけどね。あの子が幼い頃、お父さんが自死してしまって。ミコトちゃんと妹さんを頑張って育てていたお母さんも限界がきて、無理心中をはかって、彼女だけが奇跡的に助かったのよ」


 おもしろおかしく暮らしている山あざらしの感性では、自死も心中も全く理解の及ばない行動である。人間はこういうことをするらしい、という噂話として、知識だけは持ち合わせているが。あ、実際にあるんだなと、山あざらしは感心していた。


「不思議というか、ある意味それが自然なのかもしれないけれど、自死をする家系ってけっこう、連鎖してしまうものでね……ミコトちゃんが変わってしまったのは、今まで通りの普通の感性の子供でいたら、ご両親がしたように自分も死にたくなってしまうかもしれないから……無意識の防衛反応なのかもしれないって私は思うのよ」


 常人の思考をしていたら、自分の生まれ持った境遇が辛すぎて、「死」へと逃げてしまいそうになるから。親とは子供にとって、人生の手本となる存在だ。その彼らが自ら死を選ぶ姿を目の当たりにしたのなら、なるほど、子供に連鎖してしまうのも自然の摂理かもしれない。


「山あざらしさん。あなたは、今まで子供達に食べられるために捧げられた仲間達とは違う役目を持った、ミコトちゃんのための生贄なのかもしれないわ。あなたがあの子に捧げられた意味は、ご両親がしたのと同じ道をミコトちゃんが選ばないように、彼女を見守ること……悲しい連鎖を断ち切るために、今、ここにいるんじゃないかしら」




「はぁーい、モコモコちゃ~ん。山あざらしでちゅよー」


 ミコトは山元の家で暮らす子供達の中で、年長者の部類になってきた。自分より幼い子供達のお世話を手伝うのは日常で、今日も最近新しく迎えられた赤ちゃんの世話を担っている。


「おしゃぶりがわりにオイラをくわえさせんのやめろよなぁ~」


 と、口では文句を言っているけれど。実はこの山あざらし、歯が生えていない赤ちゃんのやわらかい歯茎で甘噛みされるのが、けっこう気持ち良いことに気が付いてしまった。


「食べたら絶品って聞くし、噛むだけだって美味し~いエキスじゅわわ~ってしてそうだよねー。あたしもちょっとやってみていい?」


「大人の歯が生えそろった中学生に噛まれるのはお断りですぅ~」


「ちぇー、ざんねーん」


「てか、そんなんされたらちょっととか関係なくさすがに死ぬかんな? ガチで」




 恵まれたとは言い難い空虚な人生を送ってきたミコトにとって、趣味と呼べそうな時間の過ごし方はひとつだけ。山元の家の近くにある古民家カフェで「店主のおすすめ、本日のコーヒー」と、大好物のおっきなシフォンケーキを味わいながらのんびり寛ぐことである。


「てなわけで、今日は山あざらしとデートしたいと思いまーす」


「せっかくだからここは人間に化けて、ビシッと決めてエスコートだぜ!」


「え、なんで? 案内するのはあたしだし、山あざらしのままでいーじゃん」


「いや、そっちがなんでだよ! デートっつったらそういうもんだろ!?」


「人間ひとりにつきワンドリンク制だからさー。山あざらしのままだったらコーヒー代四百円節約できるんだよね」


「自分から誘っといてセコいこと言っちゃってんなぁ」


「あたし、働ける歳になるまでは親の残した限られたお金で趣味は賄わなきゃなんだよね」


「……そういう深刻な事情なら、しゃーなし」



 人間サイズのコーヒーこそ山あざらしのためだけに一品注文はしなかったけれど。山あざらしの体より遥かに大きい……六人分くらいの質量か? というような大きなシフォンケーキの一部を、彼のために切り分けて。使い終わったミルクピッチャーにコーヒーをすくって、ミコトは山あざらしに差し出す。山あざらしの集落にもコーヒーは存在するが、人間のものより薄味で、彼はコーヒーのあまりに高い濃度に眩暈を起こす。ヒノキのテーブルの上で悶絶し、転がっていた。



 ヒノキの肌触りは心地よいくらいだったが、体が痛むだろうと思ったのか、ミコトは手持ちの小さな鞄からやわらかなぬいぐるみマスコットを取り出す。鮮やかな桃色のジンベイザメに、白い花柄の刺繍がされている。山あざらしがありがたくその上に突っ伏すと、まるで抱き枕みたいなサイズ感でジャストフィットしていた。



「その子はね、『まくらちゃん』って名前なの。あたしの宝物で、今まではいちばんのお友達だった。パパもママもモカ(妹)もいなくなって、元いた家から引っ越しても、この子だけはあたしについてきてくれたから。このお店でのんび~りする時だっていつも一緒に来て、コーヒーカップの横に置いて眺めてた。喋ってくれなくても不満に思ったことなかったんだけどね。今はやっぱり、山あざらしみたいにちゃーんと応えてくれる相棒がいるの、いいなって思うよ」



 ジンベイザメの「まくらちゃん」は、家族四人で出かけたショッピングセンターで気まぐれに回したガチャガチャの筐体から出てきた。有体に言えば安物、だがミコトにとっては大事な宝物で、亡くなった家族とのかけがえのない思い出の象徴だった。


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