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現代ファンタジー短編小説まとめ【BLUE clover note】  作者: ほしのそうこ
鏡の魔女と「あの日の星」
3/13

憧れの投影機に会いに行こう!

(あらすじ)

プラネタリウムが好きな16歳の女の子、みく&彼女からは姿の見えない不思議な友人「鏡の魔女」は、憧れのプラネタリウムへ聖地巡礼する計画を立てる。


 ボンジョルノ! あるいはボナセーラ、かしら?


 ワタシは鏡の魔女。残念ながら名前は教えてあげられないの。教えてしまうと魔力が弱くなってしまうからね。


 鏡の向こうでご機嫌に旅の支度を進めている女の子、「みく」は、ワタシのお友達。鏡の向こうに見えているのは、「ワタシの世界とうりふたつ、でも少しずつ何かが違う世界」。ワタシは鏡を介して、「数多ある異時空の世界の中でただひとり、最も自分と似た顔の人」と、こうしてコンタクトを取ることが出来るのよ。



「随分楽しそうじゃない。家族旅行にでも行くの?」


 ワタシが声をかけるまで、みくはこうして見られていることすら知らないの。でもそれを不快に思ったりはしないみたいで、『あ、見てたんだ。こんにちは』なんてにこやかに応えてくれる。せっかくの作業を中断させてるっていうのにね。



『家族旅行じゃなくってね、生まれて初めての「ひとり旅」に挑戦するんだ!』


「みくって、まだ高校生よね。ご両親は心配じゃないのかしら」


『行き先がごく普通の街中だし、人通りの少ないとかとにかく怖そうなところには行かないって約束でね』


「そんな不自由な思いをしてまで? お友達でも誘った方が安心じゃないの?」


『実はねぇ、行き先が憧れのプラネタリウムなもんで。そういうの、ひとりでじっくり味わいたい質なんだよね』


 女の子らしくないよねぇ、なんて、てへへ、って笑うみくだけど。ワタシは彼女のこういうところ、気に入っているのよね。誰かと一緒じゃなきゃ好きなことも出来ないなんてコよりよっぽど好感が持てるもの。



「憧れのプラネタリウムって、どんなところ?」


 そこで彼女が口にした名前を聞いて、前言撤回。これは、今回ばかりは信条を曲げてでも、ワタシもご一緒させていただかないと!



 ワタシは愛用の、六角形の黒い手鏡を目の前の卓上鏡へ放り入れる。すると、みくが向き合っている彼女の部屋の鏡からそれが飛び出して、慌てて手を差し出してキャッチする姿が窺える。



「その鏡をあなたの旅にご一緒させて欲しいの。鞄にしまっておくだけで、あなたと見ているものを共有出来るから」


『そんなことが出来るの? だったら今までもこの鏡を貸してくれたら一緒にお散歩も出来たんじゃない?』


 みくは川沿いのお家に住んでいて、自宅周辺の自然豊かな場所をひとり歩きするのが趣味。部屋の鏡でしかワタシと会話出来ないのがほんの少し残念で、一緒にお散歩したいってこれまで思ってくれていたみたい。これも、ワタシが一方的に覗き見して知った彼女のささやかな願い。そのお気持ちは光栄なのだけど。


「この手鏡はワタシの魔法の最も大事な道具で、おいそれと貸出は出来ないのよ。今回だけはどうしても見たいものがあるのよね」


『いいけど、どうして今回だけそんな特別に?』


「理由っていうなら、みくと同じだわ。ワタシも会いたいのよ」



 みくの憧れのプラネタリウムで今も現役で稼働している投影機。カールツァイス・イエナ社製、Universal23/3に。



 ワタシが鏡の魔法を使えるようになったのは大人になってからのことで、子供の頃はごく普通の女の子だった。幼い頃、遠足で、繁華街のデパートの屋上にある大きなプラネタリウムの投影を見た。正直、行く前はそんなに興味もなかったのだけど。


 デパートの屋上のドームはとても大きくて、生まれて初めて見る人工的な星空はまるで自分の目の前に光が迫るように見えた。手を伸ばしたら触れそうな光なのに、いざそうしたら全く掴めない。


 季節は冬だったから、星空解説は冬の大三角……こいぬ座のプロキオン。おおいぬ座のシリウス。オリオン座のベテルギウス。


 冬の夜空に見える一等星はそれだけじゃなく、ふたご座のポルックス。ぎょしゃ座のカペラ。おうし座のアルデバラン。オリオン座のリゲルの四つにシリウス、プロキオンを加えて結ぶ冬のダイヤモンドもある。


 星座に詳しくない人でも見上げれば一目でそれとわかるオリオン座の派手さもあって、とにかく冬の夜空というのは花形といっていい。その解説ともあればワタシの幼心も鷲掴みにされちゃうってものでしょう。


 すっかり虜になってしまったワタシは思春期には何度かそこへ通った。天文部にはいっときは入部してみたものの、誰かと連れだって見る星空っていうのがどうにも性が合わなくて途中で辞めてしまったわ。そういうところ、ワタシとみくってやっぱり似た者同士なのかもね。



 当時は今みたいにインターネットで誰もが最新情報を入手できるってわけじゃなかったから、まさに青天の霹靂だった。その、ワタシの人生初の、思い出のプラネタリウム。デパートそのものの老朽化と町全体の再開発のタイミングが重なって、閉館になってしまった。プラネタリウムとしては割と有名どころだったはずだし、まさかなくなってしまうなんて。大人になった今ならそんなことはいくらでも起こり得るって知っているんだけど、若い時分のワタシにとっては何の心の準備も整っていない突然のお別れになってしまったわ。



 みくが秋のゴールデンウィークで決行する、憧れのプラネタリウムへ向かう、初めてのひとり旅。そこで稼働する投影機はワタシの思い出のプラネタリウムで投影していたのと同系機だって有名なの。近年の投影機はデジタル化、小型化が進んでいて、昔ながらの二球式の巨大な投影機はもはや日本全国でも稀少になっている。「その投影機の映す星空が見たい」っていうだけで全国のプラネタリウム好きがそこへ足を運んだりもする。いわゆる聖地巡礼、ってやつかしら。そういう意味でも有名な場所なのよね。




 さて、若い女の子の初めてのひとり旅っていうことで、過程はとにかく安全第一。安く済ませるために鈍行列車を頑張って乗り継いで、なんてしないで新幹線一択。それでも到着までに数時間がかかってしまう。お金だけじゃなく、そういう意味でも一生に何度も通える場所とは言い難くあるわね。


 無償で旅に付き合わせてもらってるっていうのに自分の希望だけ通すわけにはいかないから、新幹線の車内ではみくが望んでワタシに話しかけてくるのなら会話に応じていた。もちろん、ワタシだって話せるならその方が楽しい旅の思い出になるからね。周りの乗客の目には気を配るのは前提で。


 車窓から眺める、生まれて初めての大阪湾や瀬戸内海。近づいてくる海峡大橋にみくは静かに感嘆して、声も出さなかった。ワタシにとってもそれらは初めて見る海だったから、同じように厳かに堪能させてもらったわ。


 新幹線の停車駅から電車にのりかえて一駅先に、その街はある。天文マニアにはちょっと知られた街だし、そもそも子午線の街としても全国的に知られてはいる、はず。だからといって毎日がお祭り騒ぎなんてこともなく、普段は静かな普通の街みたいね。


 ゆるやかな上り坂をのんびり歩いていって、間もなく、プラネタリウムが併設された科学館の展望塔が見えてきた。子午線の街だからこその、時計塔をイメージした展望塔。こちらももちろん、投影の後に楽しませていただきましょう。



 今時はこういったプラネタリウムも減ってきた印象があるけれど、プラネタリウムの出入口前の待合室にはショーケースがあって、当館の歴史が感じられる古い恒星電球等が展示されていた。ワタシの思い出のプラネタリウムも、こんな展示があったのよね……。



「わぁ~……これがあの有名な投影機なんだぁ」



 投影ドームに入ってすぐ、みくは目当ての投影機を見上げて感嘆の声を上げて、次の投影の解説員さんが声をかけてくださって話し始めた。ワタシはそちらはとりあえずスルーして、申し訳なくはあるけれど、ほんの少しだけ落胆もしていた。誰のせいでもなく、ワタシ自身の感傷でしかないのだけど。



 確かに、ワタシの思い出の投影機とほぼほぼ同じコなのだけど。投影ドームの大きさも座席の間隔もその座り心地も。見上げる星空の広さも……。


 そのどれもがワタシの思い出のプラネタリウムと少しずつ違っていて、同じ感覚にはなれなかったから。




 ま、確かに落ち込みはしたけれど、それもほんの少しだけよ。そんな理由でここのプラネタリウムの価値が損なわれるはずもないし、「今日、この日、この場所での投影」をきっちり楽しませていただきましたとも。



「せっかく遠路はるばる来たけれど、秋の星空解説ってやっぱりちょぉ~……っぴし、他の季節より地味めなんだよねぇ」


 みくは苦笑しているけれど、楽しくなかったわけではもちろんないはず。投影は星空解説が全てってわけじゃないんだもの。とはいえ、やっぱりね……。



 秋の夜空に輝く一等星は、みなみのうお座のフォーマルハウトただひとつ。秋の四辺形と呼ばれるものは、他の季節みたいに複数の星座の一等星を結んで、ではなくペガスス座の胴体の四つ星。印象がぼんやりしちゃっていて、これはよそのプラネタリウムで解説員さん自らそうおっしゃっていたのをワタシも聞いたことがある。



 その後は展望塔に上がってさっき新幹線の車窓から見た瀬戸内海と海峡大橋の上からの眺望を楽しんだり。科学館の敷地内には大きな日時計も設置してあってそれを見下ろしてみたり。科学館の後ろにある「時の道」や、街に戻って城跡の公園や文化博物館へも足を伸ばしてみたり。一泊二日なのもあって案外大忙しの旅になった。夕食に商店街でご当地料理を食べてから宿泊予約をしたビジネスホテルに戻ったみくはすでにくたくたに疲れていた。その点、自分で歩きもせず旅を楽しませてもらえたワタシは役得じゃあ済まされない漁夫の利よね。


「そうかなぁ。逆に考えると、旅先を歩いて感じる楽しさを味わえたって意味じゃあ、僕の方が得してると思うけど」


『そうねぇ……』


 こういうところにすぐ気付くあたり、ほのぼのしているようで彼女も案外的確っていうか、聡いところもあるわよね。



「今日見たもの、忘れる前にノートに書かないとぉ……でも、もぉ眠たいよぉ」


 みくの悩みの種は、ちょっぴり忘れっぽいところ。好きなことでも、見聞きしただけではその情報をずっと覚えていられないから、いつもクローバーのノートを持ち歩いて忘れたくないことをメモしている。覚えるために書いているんじゃなくて、忘れてしまってもノートを見れば思い出せるようにそうしているの。


 けれど、哀れというか憐れというか。ベッドにうつ伏せになってノートに今日の投影内容を書き残そうとしていたみくは疲れに抗えず寝落ちして、朝を迎えてしまったのでしたとさ。寝落ちしたくないのなら、ベッドの上じゃなくて、客室内のテーブルにきちんと座ってするべきだったわね。







少々読みにくくはなりますが、実在の施設の名前は明記せずに執筆しています。調べたらどこなのかすぐにわかってしまうとは思いますが……

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