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現代ファンタジー短編小説まとめ【BLUE clover note】  作者: ほしのそうこ
「みく」は忘れ者
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あなたは鏡の魔女

(あらすじ)

忘れっぽいのが悩みの普通の女の子、みく(16歳)。鏡の向こうにいる不思議な友人「鏡の魔女」が、悩みを解決するための魔法のノートを貸してくれた。魔法を使っていつでも思い出せるようにすれば、忘れ者の悩みは解決するのかな?

「……ただいまぁ……」


 下校時間、家に帰っても両親はいない。それがわかっていてもなお、僕は帰宅して自室に入る時、いつもその言葉を口にする。




 暗い茶色、シックな風味の広々とした学習机に突っ伏しながら、溜息。飾り気はまるでないけど、正面に備え付けの本棚は大きくて、愛読書や使用中のノート、学校の教科書等全て並べてもゆとりがある。十六歳の女の子が使うようなデザインの机じゃないのは親戚のおじさんからのお下がりだから。でも、機能的だから僕はとても気に入っている。一日の内で最も楽しい時間は、この机に向かって自分のしたいことをしたり、好きなことについて考えている時なんだ。




 埃が積もるのは好きじゃないから掃いやすいように、せっかく広い机の上にも必要最小限のものしか置いていない。ペン立てと、街を歩いていて一目ぼれしたカプセル筐体を回して出てきた、小さな女の子と動物の人形がひとつずつ。




 それと、家の近くの川の土手で拾った天然石と、四葉のクローバーの押し花。前者は手のひらくらいの大きさのごつごつした石の断面に穴が開いていて、小さな洞窟めいたその穴に黒いキラキラした石が詰まっている。覗き込むと奥へ奥へ、どこまでも続いているみたいに錯覚出来て楽しい。後者はどこの草っ原でも取れるもので珍しくもないだろうけど、人生で最初に見つけた一本だから、その記念に。



 これが、僕の愛する、広くて小さな机の世界の全て……、



『あら、どうしたの? 

「みく」ったら、今日はなんだか元気がないじゃない』



 おっと、いけない。最後のひとつを忘れてた。



 机の淵に置いてある、六角形の卓上の鏡。ちょうど顔がぴったり映る、みだしなみを整えるためのもの。亡くなったおばあちゃんの贈り物で、年頃になったらこれを見てお化粧をするのかねぇ、なんて言ってたっけ。残念ながらお化粧した僕の顔を見せる機会はなかったし、今に至っても僕はお化粧にはちっとも興味がない。せっかく外を散歩して、顔に風を受けても、その顔に人工的な粉がまぶしてあったら気持ち良さが半減する気がするんだもん。




『ちょっとちょっとぉ、また脱線してるってば! 

いつになったらワタシの相手をしてくれるの?』


 鏡の向こうの彼女は、不満そうな声だけを投げてくる。鏡を見ても映っているのは僕自身の顔でしかないし、口も動いてはいない。



 鏡の向こうの誰かさんは僕のことを何でも知っているし、こうやって考えていることも筒抜けだ。名前だって教えていないのに知っていて、なのに彼女は僕に名前を教えてくれない。



 名前は魔力と繋がっているから、教えたら弱くなってしまうの。だから教えてあげられないのよ。以前、彼女はそう答えた。教えられないことを申し訳ないとは一切思っていなさそうな調子だった。



 彼女とこうやってお喋りをするようになったのがいつ頃からだったのか、今の僕はもう覚えていなかった。




「今日、学校でこんなことがあって……」



 僕はプラネタリウムで星空解説を聞くのが好きで、たまに電車に乗って通っている。他のクラスの星好きの女子がボクの趣味を人伝に聞いて、訪ねてきたんだ。



「恥ずかしい話なんだけど、僕、解説を聞くのが好きで何度も何度も同じような話を聞いているのにね。星座のことをちっとも覚えられないんだ」


 その子は同じ趣味のボクと星の話をたくさん出来ると思って訪ねてきたのに、僕が「知っていて当然の基礎知識」すら知らないものだから。




 ……星好きなのにこんなことも知らないの? 

 星が好き、なんて、そもそも嘘だったんじゃないの?




「って、がっかりさせちゃったみたいで」


『あらまぁ。自分の求めてるレベルじゃないから嘘つき呼ばわりなんて、失礼なコだったのね』


「失礼……かなぁ」


『通り魔みたいなものじゃない。勝手にやってきて勝手に暴言なんてね』


 そんなのもう気にしない、気にしな~い、と鼻歌混じりで慰めてくる。このご機嫌な感じ、また鏡の向こうでワインでも嗜んでいるところなのかなぁ。



「でもねぇ、こんな感じのことがあったのは今日会った彼女に限らないんだよ。僕だって覚えたいって思ってるのにどうして出来ないんだろう……」


 僕がプラネタリウムも星も好きだっていうのは事実なのに、人に話すと嘘つきって言われてしまう。それってなんだか悲しいよ。好きだ、ってことすら言ってはいけないみたいな気持ちになってしまいそう。



『好きなことがちゃんと覚えられるように、何か試してみたことはないの?』


「プラネタリウムに行って帰ってきたら、その日聞いた解説をすぐにノートに記録してるよ」


 机に備え付けの本棚には何冊ものノートが並んでいて、最新の一冊以外は全てページがボクの書いた文字で埋まっている。



『ワタシとはノートの使い方が逆なのね』


「逆?」


『ワタシはね、ノートには、忘れたくないことを書くんじゃなくて、思い出したくなった時に書くの。書いてたら自然と思い出せるのよね』


「それで思い出せるっていうのはすごいけど、僕には同じコト、出来そうにないよ……」


『試させてあげよっか』


「えっ?」



 すると、鏡の中からぽんっと飛び出してきた。新書本みたいなサイズの、ハードカバーのノート。おもて表紙は黒いツヤツヤしたゴム製で、中を開くと裏表紙はサラサラした赤い紙。



 僕の愛用しているのは書きやすさ重視のA5サイズリングノートだ。ちょっと子供っぽいかもだけど、子供の頃にたまたま選んだ最初の一冊が四葉のクローバーの表紙だったから、なんとなくいつもクローバー柄のノートを買い続けている。



 ハードカバーのノートって、学校の教科書みたいにページの境目をぎゅうぎゅうに押してようやく開きっぱなしにしないと書けないイメージで、僕はあんまり興味を引かれないなぁ。



『あら、ハードカバーだと書きにくいなんて偏見よ。最近は水平に開きっぱなしに出来る種類だって売ってるもの』


「そうなんだ……」


 とはいえ、ボクの限られたお小遣いじゃあ、リングノートより価格帯の高そうなハードカバーなんてとても手が出ないけどね。



『そうやってす~ぐ余計なことを考えるから、とっ散らかって必要なことも覚えられないのかしら』


 呆れた声で、今度は向こうが溜息をついている。ごもっとも。そろそろ話を戻そっかな。



「それで、ノートを貸してくれるって? さっきも言ったけど、僕にはあなたと同じようには出来ないと思うよ?」


『そのノートにはワタシの魔法をかけてあるから。思い出したいなぁ~、って思いながら、今度何か書いてみて』


「ふぅ~ん……よくわかんないけど、試してみる。ありがと」


『代わりに、みくが書いたノートも一冊、ワタシに貸してくれない?』


「いいけど、誰かに見せる前提で書いてないし、ただのメモみたいなものだし。見たって面白くないんじゃない?」


『いいのいいの。単なる好奇心で、面白さなんて求めてないもの』



 彼女はボクのこと何でも見通していて、今更隠し事しても仕方ないし。そもそもノートに書いてあるのはメモ書きの集合体であって日記じゃない。学校の板書したノートを教師や友達に見せるのと大差ないから、貸し出すのに抵抗感はない。


 最後に書き終わった一冊を鏡に近付けると、そこに吸い込まれるように消えていった。




 おばあちゃんの鏡はお化粧には使っていないけど、髪型を整えるのには便利だ。鏡に向き合いながら、休日限定のとっておきの髪型に仕立てる。肩甲骨あたりまでに伸びた赤茶色じみた髪の毛を右のこめかみあたりでまとめるサイドポニーテールってやつ。それを、結ぶと四葉のクローバーみたいに見えるって売り文句で売られていた緑色のシュシュでまとめるんだ。こういう目立つアクセサリーは校則で禁止だから、お気に入りでも休日しか使えないんだよね。


 窓を開けて今日の空模様を確認する。うん、六月の爽やかな青空、雲ひとつない。今日は太股までの長さのサロペットジーンズと薄手の白いシャツを着て、予定通り、ひとりで外出することにした。虫刺されには気をつけなきゃだけど、やっぱり動きやすいしミニスカートと違って翻りを気にしたりせず、ただ自然な風を全身で味わえるのが好きなんだ。



 僕のいちおしプラネタリウムは、生まれて初めて、両親に連れて行ってもらった施設。さすがに赤ちゃんではなかったけど、その頃の僕はまだよちよち歩きだったと思う。そこは当時、日本で二番目に小さな投影ドームとして記録されていたらしい。リニューアルのため数年ほど閉館して、無事に生まれ変わった。二番目に小さな、という肩書きは少し規模を大きく作り変えたため返上したみたい。


 なんとこのプラネタリウム、新しくなってからは近隣の小学校と渡り廊下で繋がってしまった。たぶんだけど、そこに通う小学生は授業の一環として投影が見られたりするんだろうな~。あまりにも羨ましすぎて、今すぐ小学生に戻ってこの辺に住み直したい! って、ここへ来て渡り廊下を道路から見上げる度にしみじみ思ってしまう僕だった。


 何がいいって、小学校と繋がってるくらいだからここは公的な教育施設の一環みたいなもの。星空解説は最近流行りの派手な映像でも有名人の録音解説でもなく、プラネタリウム解説員さんのリアルタイムのお話がメインだ。何より学生の僕にとって大助かりなのは、リーズナブルだってこと。内容に見合った対価を払うのは当然のこととはいえ、現実問題、僕にもお小遣い事情ってものがありまして。



 六月の星空解説は春の大三角とさそり座にまつわる神話についてだった。今までの僕だったら今日聞いた話を忘れないように、家に帰ったらすぐクローバーのノートにしたためていた。けれど、今回はそれをぐっとこらえる。彼女の貸してくれた、黒と赤の魔法のノート。その効果を試すチャンスだったから。


ちょっと調べたらすぐにわかってしまうと思われますが、作中で行ったプラネタリウムの名前は意図的に記載していません。

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