第9話:陽毬とカラオケ②
ウィーン。
コント漫才の導入みたいな音を出してカラオケ店の自動ドアが開く。そりゃそうか。
「いらっしゃいませー」
「ここここんにちは! カラオケをお願いします!」
食い気味に陽毬が伝えると、ちょっとギャルっぽい雰囲気の女性店員さんが応じる。
「はい。お時間はどうなさいますか?」
「え? い、今からでお願いします。予約がいりましたか……?」
「? 今からで大丈夫ですよ。ああ。何時間歌いますか?」
「えっと、歌う曲にもよると思いますけど、1曲4分くらいなので……ごめんなさいわかりません、普通どれくらいですか?」
「えっと……そちらの方と二名様ですか?」
「はい!」
分かる時だけ返事がいいんだよな、陽毬。
「では、とりあえず1時間でいかがでしょうか? 延長も出来ますので」
「わあ……素敵な提案ありがとうございます、そちらでお願いします!」
「かしこまりました」
見かけによらず(?)優しい店員さんは、柔軟な対応をしてくれる。良かったな、陽毬……。
「では、機種は何になさいますか?」
「機種……? えっと、だから、カラオケでだいじょうぶです……」
「あ、その……DAMか JOYSOUNDか選べますが」
「ダム……? ダムってなんですか?」
「機種名です……! こちらです」
店員さんがカウンターの上にある画像を指差す。
「でぃー・えー・えむ……なんの略ですか?」
別になんでもよくないか? ていうか、そんなこと聞いたって分かるわけ、
「第一興商 アミューズメント マルチメディアです」
即答だよ、店員さんすげえな!
「どちらになさいますか?」
「それでは、そのだいいちあみゅーずめんとでお願いします」
「DAMですね。かしこまりました。あー……」
店員さんは『まだ説明が要りそうなものがあった……』という雰囲気で伝える。
「……ワンドリンクとフリードリンクとありますが」
「…………!」
ごくり……と固唾を飲み込む音が聞こえる。
ごめんなさい店員さん、フォローすべきだと思うんですけど、手出し無用と言われていて……。
「えっと、ワンドリンクというのは……」
「あ、あの!」
説明しようとしてくれた店員さんを陽毬が遮る。
「さ、察するになんですけど……」
「は、はい……!」
挑戦するなら受けてたちますよ、みたいな雰囲気だ。なんだこの人たち。
「一杯飲みたいならワンドリンク、いっぱい飲みたいならフリードリンクってことですか?」
「え? いっぱい? ……あ、いっぱい! はい、そうです!」
ややこしいが、どうやら正しく理解しているらしい陽毬の言葉に、店員さんがサムズアップする。めっちゃいい人だな……。
「ワンドリンクでお願いします!!!」
「はい!!」
妙な連帯感の生まれた2人のやりとりの後、俺たちは無事部屋に通された。
「伶くん! お部屋から飲み物を頼むんだって!」
「ああ、知ってるよ」
ソファに腰掛けて、何を頼もうかな、とメニューを見ながら応じると。
「伶くん? お部屋から飲み物を頼むんだって……?」
同じ言葉を違うニュアンスでもう一度口にする陽毬。
「どうした……?」
「……お部屋から頼むって……どうやって? 店員さん呼ぶの分からないよ?」
「そこのインターフォンで」
「電話……!?」
陽毬は電話が大の苦手だ。声優なりたての頃、マネージャーさんから電話がかかってくると画面をじっと見て固まるだけで出ないものだから、俺のところに連絡が来たことがある。
「そこの受話器取るとフロントに繋がるから、それで飲みたいものをオーダーするんだよ」
「えええええええ無理だよお……!!」
「なんでもやってみるんだろ?」
「うううううう」
涙目の陽毬は受話器を取り、
「はぅ!? なってるなってるなってるなってる伶くんぷるぷるぷるってなって」
と俺に訴えかけているうちに、
「は、も、もしもし!!!! 北沢です! 烏龍茶とオレンジジュースです!!!」
相手が出たようで、自己紹介と共に飲み物の名前を言った。言うなら苗字じゃなくて部屋番号が正しい気もするけど。いや、まあ部屋番号は向こうに通知されてるんだろうからいいんだけどさ。
どうやらかけた先は先ほどのお姉さんだったらしく、なんとかオーダーも完了する。
すぐに烏龍茶とオレンジジュースが届き、いよいよ歌う段になった。
「それじゃあ、伶くん、歌ってください!」
手のひらを上に向けてどうぞどうぞ、と俺に促す。
まあ、初カラオケで一番手に歌うのは確かにハードルが高いか。
ということで、俺が1曲歌い終えると。
ぱちぱちぱちぱち……と乾いた拍手が部屋の中に虚しく反響する。
「…………」「…………?」
『DAMチャンネルぅ!』
……そして、DAMチャンネルのMCの人が話し始めた。
「……あのな、陽毬。一般的には、他の人が歌ってる間に曲を入れておくものなんだ」
「え、そうなの? どうやって?」
「その機械で」
俺はデンモクを指差す。
「えーと、じゃあ……」
デンモクの操作はそんなに難しくなかったようで、陽毬は難なく曲を入れる。
楽曲は『にんげんっていいな』。ああ、たしかに、うちのe-karaに入ってたからな……。
かなり久しぶりの陽毬の歌声……と楽しみにしていると彼女はマイクをスピーカーの方に向けて、
キィィィィィン!!!
「はうっ……!」
ハウリングが起こった。
「陽毬、もう少しこっち来い」
「うん……」
「で、画面の方を向いて」
「う、うん……」
まるで借りてきた猫だ。なんで赤面してうつむいてるんだ。歌おうとしたら失敗したからか。
そして、1曲歌い終わる陽毬。
俺はそっと口を開く。
「……なんていうか、大人になってから初めて陽毬の歌って聞いたけど……」
「分かってるよ!? 上手じゃないよね!?」
涙目な陽毬。
「まあ……別に上手く歌うことが目的じゃないからな」
「ちょっとは否定してほしかったかもしれない!!」
うわあああ、とわめいている陽毬。
とはいえ、これで止めてしまうともったいない。ていうかあと50分くらいやることがなくなる。
「あ、そうだ」
俺はこの間の配信で陽毬が話していた曲を入れてやる。俺はよく知らない曲だけど、(俺が生まれるより前のアニメで、しかも女児向けだったこともあり、未履修なのだ)陽毬はあんなマニアックな知識があったくらいだから知ってるんだろう。
「このイントロは……」
画面に『敵 / ミミ(CV.竹中詩織)』と表示される。
「これ、わたしが歌うの……?」
「ああ、頑張れ」
「……分かった」
マイクを持って、彼女が歌い始める。
その瞬間、俺は自分の目が大きく開かれていくのを感じた。
ややあって、歌い終えた彼女に、
「……おいおいおいおい」
俺は拍手も忘れてツッコミじみた歓声を上げていた。
「その歌唱力はどっから出てきた!?」
なんせ、さっきの曲を歌ってた時とは雲泥の差だったのだ。
さっきより上手いなんてもんじゃない。
歌手かと思うほどに上手だった。
しかし、混乱する俺に首をかしげて、
「ん?」
陽毬はこともなげに言い放った。
「だって、ミミは歌がうまいんだよ? アイドル宇宙戦士だから」
「ま、まじか……」
キャラクターを憑依させているから自分の歌唱力を凌駕しているってことか……!? それ、人体力学とかそういうのに反してるんじゃないの……?
「いい曲だよねえ、この曲。どう思った?」
「あ、ああ……『敵』っていう曲名だからもっと激しい曲なのかと思ってたら、バラードなんだな」
「はい?」
陽毬の首が90度に曲がる。
「あ……」
やばい、ミスった。
いくら驚いている余韻があったからって、不用意な発言は慎むべきだった。
北沢陽毬の前で、未履修の作品のことを話したら……。
「ん? この曲がそういう解釈になる余地ってあるかなあ? この間の配信見ててくれたんだよね? だから入れてくれたんだもんね? わたし、瑠璃さんにクイズ出した時に言ったはずだけどなあ。アイドル宇宙戦士であるミミがリリカのこと、身を挺して守るシーンで挿入されている歌だし、そのミミが歌っている歌なんだよ? ほら、カラオケ始まる時に画面に出てたでしょ?『ミミ(CV.竹中詩織)』って。これって、竹中さんじゃなくて、ミミ自身が歌ってるってことだよね。そうなってくると、ここの『あなただけが敵だった』って歌詞って、嫉妬とか憎しみで言ってるわけじゃなくて、もっと業が深いっていうか……人生で唯一認めている相手がリリだったってことになるって分かるよね? ライバルっていうか。だから、極めて、どこまでも優しく歌うべきだよね。うーん、べきって言葉も違うかあ。ミミがそう歌うように導いてくれるんだよね」
「分かった、分かった!」
怖いよ、ていうか正論ハラスメントだよ……!
俺は慌ててスマホで『敵 ミミ』と調べる。
「ほ、本当だ。オタクが選ぶ珠玉の百合キャラソントップ10曲に入ってる」
「百合だあ……?」
怖い怖い、顔が怖い。俺を睨むな。
〜陽毬とカラオケ③に続く〜