第17話:陽毬とSNS①
「ねえねえ陽毬ちゃん。この間アフレコの時に知った驚きの事実が本当なのか、現役JKに訊きたかったんだけどさ、」
恒例の『タマにはゆルリと!』配信。イベント明け初めての配信である今夜は、ゲストの北沢陽毬さんを呼んでイベントの反省会という建て付けらしい。
そのオープニングトーク、何の気なしに玉川さんが尋ねる。
「今の高校生ってLINE交換しないでインスタのメッセージでやりとりするのが普通ってほんと?」
「え?」
「ん?」
「あー…………インスタ、あー……………………」
陽毬はたっぷりと間をとって、
「……………………そうなんですよ?」
と答えた。
玉川さんは吹き出して、
「あはは、ごめん、陽毬ちゃんに高校生のこと分かるはずないよね」
と手を顔の前で振る。
「いや、わたし本当に高校生ですよ!?」
「うん、でも普通の高校生じゃないじゃん?」
「声優をやっているからってことですか?」
「性格が変だからってことだよ?」
「ひどいですよ!?」
「あはは、褒めてる褒めてる」
玉川さんは陽毬の抗議を笑って流す。
『あたしは、努力しないと、特別にはなれないから』
『生まれた時から特別、じゃないんです』
冗談めかしているものの、玉川さんが本心から陽毬のこうした『変』を『特別』と捉えて羨んでいるのは事実だろう。
「っていうか、そういえば、陽毬ちゃんってSNSのアカウント持ってないの?」
「ああ……、エックスカッコキューツイッターも、インスタグラムもないです」
「『(旧Twitter)』のところは全部言わなくてもいいんじゃない? ていうかインスタのアカウント持ってないなら、さっきの冒頭の話も成立しないじゃん? 相変わらず一文にツッコミどころ多いなあ」
「す、すみません……」
「いや、いいけど。ディレクターさん嬉しそうに笑ってるし。あ、でも、スタッフさんが運営してるアカウントあるよね? あれは陽毬ちゃん更新しないの?」
「はい、わたしはさせてもらえないようになってます」
「? そうなんだ? ていうか、別にしたいとも思わない感じ?」
「ですね。というか、SNSをする時間がないんですよね。他に見たいものが色々あるので……」
陽毬はスキマ時間をすべて作品の摂取に使っているような人間だ。むしろ作品を観る隙間に仕事をしているのかもしれない。
「うわ、ストイック……。でも、いや、たしかに名言かもしれない……別にSNSって見たくて見るものじゃないもんね」
「? 見たくて見るものじゃないんですか? じゃあなんでやってるんですか?」
陽毬が首をかしげると、
「やめて、あたしの穢れた心を見ないで……なんとか自己肯定感をSNSで養っておるのだよ……自己肯定感を攻撃するのもSNSなんだけど……」
玉川さんが浄化されそうなアンデッドみたいな動きをする。
「でも、だって、エゴサとかしないの? あ、エゴサって知らないか」
「いえ、知っていますよ? 声優になった時に、マネージャーさんになるべくするなと言われたので。でも、たまに作品のこと、検索はします」
陽毬が『伶くんサーチ』とか言ってたアレのことだろう。
「お? アカウントないのにどうやって?」
「Yahoo!リアルタイム検索を使うんです」
「うわあ、なんか使いこなしててやだあ……。解釈違い……。公式が解釈違いを起こしてる……」
「わたしはわたしですよ!?」
と、そこで、玉川さんのもとに一枚の紙が差し込まれる。
「……え、なんですか? 陽毬ちゃんのマネージャーさんから?」
「へ?」
玉川さんは言いながら紙に書かれたことを読んで「へえ、あはは」と笑う。
「陽毬ちゃん、さっき、スタッフさんの運営してるアカウントは動かせないって言ってたよね?」
「はい。そうですけど?」
「マネージャーさんによると、許可をしてないわけじゃなくて、アカウントのIDもパスワードも共有してるのに、陽毬ちゃんがやってくれないだけだってよ? なんなら陽毬ちゃん自身の投稿があった方がフォロワーも増えるし、協力して欲しいって。玉川さんから説得してくださいって、嘆願書が届きましたー」
玉川さんは、カメラの傍のあたりを見て、「ほら、陽毬ちゃんのマネさんめっちゃ頷いてるじゃん」と笑う。
「説得してって言われちゃったからなあ……。じゃあ、この場で一回だけ投稿しよ? どうせ今、他のこと出来ないしさ?」
「でも、わたしは瑠璃さんとお話してる方が楽しいです」
「はぅ……!」
純粋な目で言われて胸を突かれたようなマイムをする玉川さん。
「でも、ほら、これも経験でしょ? SNSの投稿をするシーンを演じるかもしれないじゃん?」
「やりましょう」
「切り替え早いね!?」
玉川さんも陽毬の扱い方が分かってきたな。
この機会を逃すべからず、とばかりに、画面外から陽毬にスマホが手渡される。陽毬のスマホじゃなくて、おそらくマネージャーさんのスマホなのは、これからアプリをインストールするのは時間がかかるという配慮からだろう。
「ほら、投稿してみよう?」
「は、はい!」
緊張した様子で陽毬が何かを打ち込む。
「ん? ……え、え、それで投稿するの!?」
玉川さんが止めようとするのも構わず、『北沢陽毬STAFF』の投稿がインターネットの海に放たれる。
『仕事』
「『仕事』!? なんで『仕事』!? テストなら『テスト』とか『あ』とかあるじゃん、ていうか『こんにちは』とか『北沢陽毬本人です!』とかでしょ普通! なんで『仕事』なの!? 反骨精神やばくない?」
「え? え、えっと、『いまどうしてる?』って質問が書いてあったので……仕事をしてるな、と……変ですか?」
「変だね!」
陽毬のあの無機質なLINEのことを考えると分かるが、たしかにそうじゃない人は面食らうだろう。
「えっと、じゃ、じゃあ、どんな投稿がよかったですか?」
陽毬も別に変な投稿をしたかったわけじゃないのだ。本意じゃないとばかりに、玉川さんに尋ねる。
「分かんないけど、ファンの皆さんは画像とかあると喜ぶんじゃない? 今なら、2人で撮った写真載せるとか? ……あ、いや、別にあたしの写真を陽毬ちゃんのファンが喜ぶって意味じゃなくてね。ただ単純に一般論的にっていうか」
「瑠璃さんの写真はわたし、嬉しいですよ?」
「え? あ、うん、ありがとう……」
玉川さんの自信の無さが故の言い訳じみた長台詞を陽毬が肯定で一蹴する。
「なるほど、画像ですか……」
照れ臭そうに頬を染める玉川さんには気づかないまま、陽毬は口をへの字にしていた。
「わかりました、じゃあ、瑠璃さん、一緒に写真撮ってくれますか?」
「う、うん……!」
そうして2人は一緒に写真を撮って、投稿。
『瑠璃さんと一緒』
相変わらず事務連絡みたいな無骨(?)な投稿は瞬く間に1万いいねを超える。フォロワー3桁の新人声優アカウントの投稿としては快挙と言えるだろう。
「じゃあ、陽毬ちゃん今日もう一回何か投稿してね! 一日一回でいいから!」
「分かりました、わたし、現役女子高生を演じきってみせます!」
「うん、それだとこれまで年齢詐称してたみたいだからね」
朗らかに終わった配信だったが、その後がまずかった。
『ただいま』
陽毬はその言葉と共に、何を思ったか、最寄り駅の窓ガラスに映る自分を撮って投稿してしまう。
ただでさえ、今日の配信でフォロワーが急増し注目の集まったタイミング。
『これって、一夏町駅じゃない?』
場所の特定がされるまでは一瞬だった。