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クメールの微笑み  作者: 船木千滉
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第2話「理不尽な壁」(その1)

「山岡さん、私の声、覚えておいでですか?」


 クボアキラと名乗った男の、突然の問いかけに私は戸惑った。どこか甘えたような物言いで、細いというか弱々しい声に私の頭は反応しない。


 相手は入院している訳だから、元気のないのは当然かも知れない。だがどう考えても聞き覚えのない声としか言えなかった。


「すみません……、久保さん、と言われましたね」


「ああ――、最初からすみません、試すようなこと言って……。実は一年程前に、御社がカンボジアへ店を出すという記事をネットで読んで、それで神戸の方へ電話をしたことがあって……」


 そこまで聞いて私はあっと思った。彼は一年と言ったが、もっと昔のような気がした。確かに国際電話を受けたことがある。


 だがそれは苦難の始まりともいえる、カンボジア進出の頃の話だった。


 2009年9月初めのこと、暑い日の午後だった。私は行政書士の顧問と共に、大阪の近畿通商管理局を訪ねていた。


 事前にアポを取った午後一時に局を訪ねると、事務所の大部屋へ至る通路に設えられた応接で待たされた。時報が鳴ってしばらくするとドアの奥から二人、役所の上着を羽織ながら出てきた。


 立ち上がって、名刺交換して、おもむろに行政書士が私の会社の概要を説明して、それから具体的なことに入った時だった。


「ああ――、それは電話でも申し上げた通り、御社は無理です」


 通路側に座った若い方が、完全に隣の上司風の男を阿るようにこちら側の話を遮った。驚く私をよそに行政書士は声を荒げた。


「うちの会社の研修生が、どうしても入国出来ないと言われるなら、その理由を書いた書類を出して下さい――」


 この日は表敬だと思っていた私の認識は、見事に裏切られた。そんな話になっているのかと、私は行政書士の顔を見た。だがなにか事前にやりあったのだろう、すぐ若い方の役人が言いかえした。


「そんなものは出せません――。とにかく、御社のカンボジアの研修生が入国することは、出来ませんから――」


 けんもほろろだった。面談が始まってものの五分、若い方の役人は行政書士に捨て台詞を残すと、横目で見下すように立ちあがった。そして顎を突きだすような動作で立った上司を誘い、帰っていった。


 なぜ研修生かといえば、それは会社存亡のためだった。


 顧客からの指値を満たすには、もの造りの現場を中国から他へシフトするか、研修生を使って人件費を下げるか、もはや手段は限られていた。


(つづく)

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