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クメールの微笑み  作者: 船木千滉
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第7話(その3)

「ボス、店は利益が出ない、社員は指示を聞かない。How can I do」


 ある日トォアが運転中、そう言って泣いた。それは誰もが通る道だと、私は叱咤激励した。研修生が戻るまで鋳銭稼ぎをすれば事業は成功する。その為にトォアの力が必要だと説いた。


 だが彼はボストンの叔父の所へ行くと言う。

「アメリカへ行ったら、君はまた最下層からのやり直しだぞ――」

 と、私は恫喝ともいえる言葉を吐いた。


 だが彼に大義のない仕事を強いるのは補佐官と変わらない。

 今から思えばあれが潮時だった。

 

 幸い造船所が大型プロジェゥトを決め、私の会社にも億の仕事がまわってくる。中国の工場を使って儲けも出せば借入の金利は賄える。


 だが億を超える組合の債務は頭が痛い。それは組合員全員で案分すべきと司法書士は言う。だが情実で集めた組合員だけにそれは難しい。


 朝駅のホームに立つと、会社と個人の保険で債務は消せると頭に過る。だが幸い私の脳はまだ正気で、自死する闇には紛れ込んでない。


 そういえばアキラさん、婦人の送った金でカンボジアへ戻り、最後は家族に看取られて亡くなったと風の便りで知った。


 彼は1992年に停戦監視の文民警察官としてプノンペンへ入り、その後婦人と知り合い、何があったのかはともかく、あの目の細い男の子が生まれた。


 日本の家族にしてみれば、外地で子を成した彼を許せなかったのだろう。成す術のないアキラさんはアメリカへ行き、そこで私の会社に応募してきた。


 私は現地でトァオを採用し、彼を支店長にして給料も上げた。だが結局彼は組織から弾き出されるようにアメリカへ去った。


 ただ私が病院のアキラさんに電話をしたことで、彼と彼の家族が救われたのなら、せめてもの救いであろう。そのプノンペンの店は閉めて従業員を解雇して、シアヌークの鉄工所も手仕舞いした。


 もうカンボジアに私の居場所はない。

 研修生の送り出しも道半ばで頓挫した。


(おまえは会社を経営する器にあらず)

 と、自分を責める声がする。


 だが私はやり尽くした。このまま会社は朽ち果てるかも知れない。あるいは先に寿命が尽きるかも知れない。だが逃げる訳にはいかない。


 まだ会社が元気な頃、親父が死んだ。慌ただしい葬儀を前に、次は俺の番だと思うと同時に家の宗派を知った。一晩遺体と一緒に過ごし、きっと俺の番が来たら念仏を唱えよう、と思うと少し気が楽になった。


 それまでにはまだ間がある。

 きっと成す術があると私は信じている。


 さて、ラウンジに搭乗開始のアナウンスが流れ始めた。私はビールを飲み干し、赤と白のユニホームを着た店の娘にチェックを頼んだ。


「See you again」

 と、微笑みを繰り出す若い女の子に、私は少し考えて、

「I hope so」

 と呟き、軽く手を上げて搭乗ゲートへ向かう。


 甘いビールに売り娘の微笑みが、私の心を癒やしてくれた。お陰で私は、もう悔いるまいと思いながら、前を向いて機中へ入っていった。


(了)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

また続編を、いつか投稿します。感謝です! 船木

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