表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クメールの微笑み  作者: 船木千滉
18/20

第7話「去りゆく時に」(その1)

 私は今プノンペン空港にいる。初めてカンボジアに入ってから凡そ5年の月日が流れた。

 それはもう驚くほどあっという間のことだった。


 目の前の駐機場には真新しいカンボジア航空の機体が待っている。ただそれはまだベトナムのホーチミン便だけで、機体も乗組員もベトナム航空の借り物らしい。それでもカンボジアは確実に進歩している。


 あいかわらず空港はシンプルで照明も暗めだが、敷地の外れにあった露店が空港ターミナルビルの2階に移っていた。前と同じパラソルを真ん中に立てた丸テーブルに座り、私はアンコールビールの生を飲んでいる。幸いよく冷えていて、少し甘めの味は変わっていない。


 本当は空の下で飲みたかったが、揚げ立てのフライドポテトを口にするとそれも忘れた。これが最後だと、ビターな味に暖かなポテトの甘さを味わいながら、カンボジアで過ごした時を思い返していた。


 メコン川畔のレストランバー、ガラス窓のない開放的な2階があり、麻地のカーテンが体を突き刺す陽の光を遮ってくれた。たおやかな布が風に揺れるたび、その合間から豊饒なメコンの流れが見えていた。


 もし叶うなら、日がな一日、私はそこで過ごしてみたかった。


 そしてシアヌークビル、いつも泊まるリゾートホテルの母屋はマレー式の天井の高い平屋で、ゴルフ場に見間違うほどの芝生広場に面していた。スタッフの静かな笑みに迎えられ、浜風がそよぐチョックインロビー、パスポートを渡しソファーで座ると、かすかに聞こえる潮騒の調べが心地よかった。


 それにアンコールワット、観光地の騒々しさは橋の袂で終わり、静かに水を湛えた環濠の中程を仕切る陸橋へ上がると、参道の奥に聳える中央祠堂が迫り来る。その痛々しさには得も言われぬものがあった。祠堂を囲む回廊の一角に残された日本の侍の墨跡には、目先のことに囚われる私も時の流れに空しさを覚えた。


 ――いったい私はこの国に、何をしに来たのだろう――


 無意味だと思いながらも後悔は尽きない。プノンペンへ来るたびに何度店を閉めようと思ったか。そのたびにスタッフの微笑みに言い訳を見つけて、日々発展する街に夢を描いた。


 だが勢いを失った日本経済はさらに2009年に落ち込み、戦後最高の失業率を記録した。


 それでも私は突き進んだ。シアヌークビルに支店を作り、敷地を借りて鉄工所を立ち上げた。日本からベテランの技術者を送り、研修生に溶接を教え日本向けに製品を出荷した。


 だが韓国から仕入れた資材には輸入関税がかかり、仕上がった製品を日本へ出荷する際には輸出関税がかかった。頼りの高官に特恵関税を頼むと、賄賂と目される法外なデポジットを要求された。


 国は違えども役人の性癖が変わる訳もなく、この国の交渉では常に私利私欲が先に立ち、止めどなかった。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ