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クメールの微笑み  作者: 船木千滉
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第6話(その3)

 トォアが買ってきてくれたペットボトルを手に、私は遺跡巡りを続けた。


 よそよそしい彼の立居振る舞いにも慣れて、私は物分かりの良い経営者を装っている。だが実際のところその心中は穏やかではない。


(もう後戻りは出来ない。どうにかして反転攻勢を……)


 と、気が焦るばかり。だが宿酔いで歩き始めた頭もようやく晴れて、往路でありながら見るものすべてが一変した。


 あちこちにある壁画はともかく、どこか違和感を覚えていたレリーフに目を奪われた。明らかに女性だと思える象の表情が、いつかどこかで見て面影のようでもあり、私の心の奥底になにかを突きつけている。


 それは幼子の私が悪さをした時の母か、あるいは別れるつもりで抱いた時の彼女か、いずれにしてもその面影が、私の心に宿る罪悪感を重く責めたてた。


 そもそも私は五十歳で早期退職して得た割り増しの退職金から、三百万円を資本に個人事業主として、十三坪の賃貸事務所を借りた。中古の折り畳み机と椅子を買って、パソコンと携帯で仕事を始めた。


 収入は辞めた会社と交わした契約社員の固定費と歩合である。

 だからもう一本の柱を模索した。


 幸い前の会社で取引のあった欧州の家具メーカーと話がつき、ECサイトにネット販売を申請した。ホームページを開き、固定電話とFAXを入れて新年度のオープンを目指した。


 サイトから会社組織にしろと言われ、銀行に資本金の預かり証を求めた。だが行内審査が要ると言い出した。もう時間がない。焦って前の会社に泣きついた。翌朝、銀行から証書を出すと電話があった。


「〇〇貿易にお勤めだったのなら、先にそれを仰って頂ければ……」

 と、銀行の課長の慇懃無礼、まるで掌返し。


 だが事はそれで収まらない。証書を司法書士に渡し、税務署へ行って登録を済ませた。そこで税理士を紹介してもらった。そこまでやってECサイトは、従業員を二名雇えと言う。今更なんやと思っても生殺与奪は相手にあった。


 だが家賃とインフラに給与を考えれば一年で資金が消える。そこで創業計画書を携えて政府系金融機関を訪ねたら、担当女子がこう宣う。


「なんで五十過ぎのあなたと、○○貿易さんは契約するのかしら?」

 私はテーブルの下で拳を握った。

 翌週、電話で借り入れが決まった。


 だが三月末、ようやく届いたサイトの契約条件にはこうあった。

「新年度からの当社サイトの利用料は、下記の通りになります」


 すべての利用料が大幅に上がっていた。

 私は三下り半を突き付けた。


 あれから十年、幸い前の会社の商権を受け継ぎ、大手造船所と取引契約を締結。売り上げは倍々で伸びて、従業員も二十名を超えた。神戸本社と長崎支店、そしてプノンペン・シアヌークビルと突き進んだ。


 だがすでに借入金は資本金の数十倍となり、年商八億といっても純利益はあって数十万円。それでどうやって借金を返せと言うのか。


(社長々と煽てられ、俺は焼けた路面へ這い出る蚓もいいところ)

 そんな自虐めいた思いで私は、レリーフの微笑みを見つめていた。


(つづく)

最終話へつづきます。

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