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クメールの微笑み  作者: 船木千滉
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第5話(その3)

会社の大小に関わらず、経営者の苦悩は同じ。

問題はその器であろうか。

 辿り着いたアンコールワットは、平原の中に開けた運河のような環壕に囲まれ、荘厳な塔が水の上に浮かんでいるように見える。ただ近づけば林立する黒ずんだ塔は廃墟でしかなく、生命感が感じられない。


 炎天下、私はふらつく頭を我慢しながら橋を渡った。その横でサムは喋り続ける。(彼の日当は幾らだったか)と、私は記憶を辿った。


 だが(また原価計算か)と思うと、情けなかった。商社マンの習性といえば聞こえは良いが、要は飼いならされた金太郎飴なのである。


 ――会社の利益は売上から固定費と変動費を引き、そこにインセンティブ的な儲け、つまり将来への+αがなければならない――


 中途採用で商社に入った私は、そんな商いの鉄則を一から叩き込まれた。技術を高く売るなと言われ、そのための戦略・戦術・戦闘を練った。だがそれで勝てないなら、あとは原価を削るしかなかった。


 とどのつまりそれはサービス残業に耐え、協力会社である下請けを値切るか、あるいは海外への転注しかなかった。社長の経営方針や利益の分配に対して、例え重役であっても口を挟むのはタブーだった。


 だが実際自分で会社を興してみれば、経営者の道は険しかった。あれほど逆らった商社の社長の存在が酷く大きく思えた。


 公器である会社を経営するには、利益以上に自分を律することが絶対であった。ただそれが分かっていても、舵を失った舟のように心が乱れた。


(このままでは、会社が潰れる……)


 そう思うと物事がまともに考えられない。部下の言葉も鵜呑みにするか、頭ごなしに否定するしか判断出来なくなった。もし会社が潰れたらどうなると考えても空しいばかり。もはや、まともではなかった。


 アンコールワットの遺跡は、城郭のように東西南北を壁で囲われている。歴史ある伽藍は、そのあちこちにポルポトの傷跡が生々しい。


 だが西塔門を潜り中へ入ると風景が一変する。大蛇を模した欄干の橋が西参道として主塔を目指す。前庭から回廊へ続く参道の両脇に聖地があり、石造りの建物が並び、その周りを緑の芝生が一面に覆う。 


 正面の主塔を見上げていけば、陽の息吹のように漂う草の香りが鼻腔を満たす。まるでオアシスのような聖地には、ガラスを敷いたような水面に淡紅色の蓮の花が浮かび、そこに映る塔のシルエットを彩る。


 第一回廊から第二、第三と回る間もサムは喋り続ける。驚いたことに壁に刻まれた彫刻は戦の物語ばかり。西から攻められ東から侵され、その度に戦ったというカンボジア王国の歴史そのものなのである。


 奥まった回廊の柱に日本の侍が残したという墨書があった。

 十七世紀半ばのものらしく肉眼ではもう判読できない。


 そこで珍しくトォアが口を挟み、母の病気治癒を祈願したものだと説明した。だが私はそこになに作為的なものを感じた。


 日本からの距離を思えば、果たしてここは病気治癒を祈って来る所なのか、甚だ疑問に思ったのだった。


 どうやって来てどうやって帰ったのかと、思いを時の彼方に馳せた。


(つづく)


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