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クメールの微笑み  作者: 船木千滉
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第5話(その2)

 そして今朝、私はトォアに電話で起こされた。

「Boss、おはようございます。アンコールワットへ行く時間です」

 そう言う彼に私は「今日はもう止めや」と電話を切った。


 だが彼はまた電話をかけてきて同じことを言う。それで私は仕方なく起きると、シャワーを浴びてアンコールワットの下見に出てきたのである。


 夕方には組合員の乗ったフライトが着くはず。その前にまだ見ぬアンコールワットを見ておいて、それから新しくオープンする百均の店の候補地を探してみようと思っていた。


 別に本当に店を開くかどうかは別として、要は組合員からの出資を募ろうと目論んでのことだった。


 トゥクトゥクは目立つビルもない平板な街並みを抜けて、深い森に囲まれた郊外を走った。季節は雨季が明けた十一月だがやけに暑い。夜は夜でずいぶん冷えたが、陽が登ればジリジリと首筋が焼けるほど。


 日本と比べれば当然なのだが、そんな分別も希薄になっている。それにしても車の造り出す風が熱気を帯び、加えて埃っぽかった。


(いったいなぜ、この街にいるのか……)

 ふとそんなことを思いながら、私は堅い座席に身を委ねていた。


 見るからに部品を寄せ集めた車体は、細すぎる車輪のせいかよく揺れた。一見舗装されたような地道から、湯気のように立ちのぼる砂ぼこり。それが忌々しくて、来なければ良かったと後悔した。


 なんとか脚を突っ張って揺れに耐える私の前には、トォアが臨時に雇った通訳を横に相変わらず無表情のまま座っている。


 やがて大きな掘りにぶつかり車が左へ折れると、見覚えのある塔が薄曇りの中にあった。すると出掛けにサムと名乗った通訳の若者が、それを指差して説明を始めた。


「あれがアンコールワットです」


 私は上着に入れたサングラスを出してかけると、見る振りをしながら目を瞑った。日増しに増えるアルコールが体中に残っていた。


 しばらく走ると急に揺れが収まり車は停まった。目を開けると橋のたもとの広場に入っていた。そこは町中のトゥクトゥクとミニバンが集まったのではないかと思うほど、車と人でごったがえしていた。


「どうぞここで降りて下さい」


 そう言うトォアに続こうとすると、たちまち私の乗ったトゥクトゥクはやり手おばちゃんや手になにかを持った子供らに囲まれた。まるで人気者のように、私はトォアに促されるまま人垣を抜けていった。


 トォアと通訳が前方の橋に向かって先導する。木々で包まれた広場から炎天下へ出ると、髪の毛が焼けるほどに暑い。私はさらに細くなった白髪に手をやり、慌てて道端の屋台を見ながら麦藁帽子を探した。


 どうせ使い捨てだと思いながら、適当に選んで言い値で買った。さっそく両縁を曲げて首紐で止めると、そのままカーボーイ風に被った。


 遺跡の環濠を囲う土手に登り、最後に段差のある階段を上がると、かなり遠くに霞む三つの塔に向かって石橋が真っすぐ伸びていた。


(つづく)


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