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クメールの微笑み  作者: 船木千滉
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第5話「アンコールワット」(その1)

 2010年もすでに晩秋だった。朝早いシュリムアップの街、ものの見事に三人で乗った単車が、私の乗ったトゥクトゥクを追い越していく。


 彼らの表情は、一見なんの屈託もない笑顔なのだが、吹き抜けの座席から見ている私には、どこか愁いを帯びたものに見えていた。


(彼らの笑顔は、本当に心の底から出てくるものではない)

 それこそ毎月と言っていいほどカンボジアへ来るようになって二年、最初に違和感を覚えた彼らの笑顔だが、その訳がようやく知れてきた。


 ただそれは観光地にありがちな、あざとさだとは言えなかった。


 この年の夏、役所に拒絶されていた研修生受け入れが、ようやく一年を経て認可された。その間、カンボジアから大臣補佐官を日本へ招待して、東京・神戸・長崎で説明会を開いた。あらゆる伝手を使って地方の政治家へ働きかけ、顧客の方も巻きこんだお陰で、地方紙にも取り上げられた。なにが奏功したのかはともかく、認可が下りた。


 会社の方も、2008年暮れからの円高続きで海外調達が増え、一息ついている。ただそれでなくともきついネゴで利益は出ない。あくまで自転車操業でしかないのだが、仕事がないよりはましだった。 

 ただもの造りがやりたくて会社を興したはずが、売り上げを伸ばせば伸ばすほど借入金が増えていき、いつしか金のために働いている。


 立ち上げた事業協同組合はあくまで営利法人なのだが、十社の組合費だけでは賄えず、私の個人保証で銀行から一千万円を借り入れた。だがプノンペンに開いた百均の店は相変わらずで、他の事業を推進しようと、組合員のアンコールワットツワーを企画したのだった。


「Boss, are you okay?」

 私の前に座ったトォアが顔を顰めながら、そう尋ねてきた。


 いい加減日本語を覚えろと言いたのだが、今はそれも面倒だった。何度目かの彼の言葉を無視して座る私は、よほど酷い顔をしているのだろう。起きぬけにシャワーを浴びたものの、鏡に映った顔は無残だった。


 前日のフライトで関空からシュリムアップへ先乗りした私は、税関を通り荷物を受け取って外へ出ると、もう日が暮れていた。大勢の出迎えの中に、トォアがひとり相変わらずの表情で待っていた。


 安いホテルに泊まるトォアをロビーで帰すと、私はひとり部屋へ入った。だがなにをするでもない。シャワーで汗を流し着替えを済ませ、バーへ向かった。


 もう閉店かと思ったが、ボーイに五ドル渡すと、中庭に面したテラスへ案内してくれた。無性に人恋しかった。ボーイにジントニックを頼み、それを五杯も飲むと気が楽になった。さらに五杯飲むと楽しくなり、あとはどうやって部屋に戻ったか覚えていない。


(つづく)

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