第4話「現れた戦車軍」(その1+2)
(投了後#1がないのに気づき、遅ればせながら追加しました。……スミマセン)
12月18日金曜日、一日遅れでシアヌークビルへ来た補佐官と共に、港湾局との面談を終えた私は、彼の車でプノンペンへ戻ることにした。トォアにはそのまま実家で過ごすよう、休暇を与えた。
大臣補佐官はひとりで日本車を運転してプノンペンからやって来たのだが、その車は内装の匂いも残るピカピカのランクルだった。
いつも肩に布を一枚かけて、細面の顔に縁なしの眼鏡で短髪の風貌は精悍さを漂わせている。その布はカンボジアの巻き物のクロマーかも知れないが、どこか貴族のかけるサッシュのような姿であった。
いつも単独で行動する彼には戸惑う。だが他にカンボジアで頼れる人はおらず、彼を信じるしかない。ただ相手から取った駒を使うような将棋を指す国の民と比べれば、あきらかに違う人種だった。
シアヌークビルを出たのはお昼過ぎ、プノンペンへ戻る道すがら、彼の行きつけだというレストランへ寄った。
小さな集落の道沿いにある、日本でいう道の駅ではないが、小さな食堂の割に駐車場の大きな店だった。ただ未舗装の路面が多く、店の入り口のガラス戸は砂ぼこりにまみれていて、テーブルや椅子も田舎食堂のそれだった。
だがメニューを見ても分かるはずがなく、私が任せると言うと、彼は店の人を呼んで注文した。
それが終わると肩にかけた布を取り、それをテーブルの下へやってなにか包むと、席を立って私に言った。
「Mr. Yamaoka, レストルームへ行くので、これを見ていて下さい」
そう言って椅子の座席に手をやるので、Yesと答えて何気なくそこを見た私は、はっと息を呑んだ。
なんとそこには場違いとしか思えない、艶消し黒の自動拳銃が折り畳んだ布の上に置いてある。
「This is mine for self-defense」
彼の言う「for self-defence」とは、知った単語の羅列でしかないだけにすぐ分かったが、日常会話で使うことはない。自衛隊の英訳と同じなのだが、今更ながら私はそっとまわりに気を配った。
彼はそれに構わず店の奥へ消えた。彼が戻るまで落ち着かない。だが彼が戻り、注文したものがテーブルに出てきたまた驚いた。
掌にのるほどの小鉢に盛られたものは真っ黒。
と、高官が言う。
「ここの名物です。山岡さん、遠慮せずに食べなさい――」
それは「蟻」だった。正真正銘の「蟻の佃煮」なのである。
(アチャー)と、あまりのことに驚いた私はなにも言えなかった。
と、その時、さほど離れていない道から轟音が聞こえた。
薄汚れた窓ガラスの向こうに、疾走する大型バイクとジープが見えていた。
「Oh――、山岡さん、あなたはラッキーだ。将軍が来られる」
と、手にした鉢を持ったまま、腰を上げた高官が叫んだ。
(その2へつづく)
幾分上気した高官は、戦車が来るので通行止めになると言う。だが私は高官の持つ名物に気を取られながら、早く店を出てプノンペンへ帰りたいと思った。だが表の様子を見れば、そうはいかない。
なにしろ戦場へ向かうような勢いで、車列は数台のジープからさらに数の多い装甲車と続いた。私も護衛艦なら造船所でなんどもか見たことがあるが、完全な重装備を施した兵隊や戦闘車両などは見たこともない。それもどこまで続くのかと思うほどの車列だった。
だがそれだけでは済まない。車の轟音に導かれるように戸を開けた高官は、私を促しながら店の前に出た。するとけっこう幅が広いはずの国道が、車列の舞い上げる土煙に覆われている。
さらにそれが我々の立つ店へもうもうと押しよせてくる。だがそれも束の間、目の前の轟音が背後から迫る爆音になんなくかき消されていった。
「Oh――、Tanks have arrived from Ukraine!」
と、気をつけの格好をして高官が叫んだ。
見ればいつの間にか例の布切れを肩にかけて、腹とベルトの間に拳銃を差しこんでいた。
(拳銃、ウクライナ、戦車……)と、私は頭の中でくり返しながら、夢を見ているようだった。それも酷く寝汗をかきそうな悪夢だった。
だが見ている内に、とぐろを巻く土煙の中から、空に向かって角を突きだすような砲塔が飛びだしてきた。はっと思って見る戦車の姿は、まるでカブトムシのお化けのような鉄面皮そのもの。
ドドドド――と地響きを立てながら、それこそ目にも止まらぬような速さで駆けぬけていく。重厚なキャタピラが、アスファルトといわず赤土の側道といわず、あらゆるものを巻き上げながら突き進んでいく。
「きっとこの後の車両に将軍が乗っておられる。この店の裏のVIPハウスで休憩のはずだ。これはいい機会、あなたに紹介しよう」
そう言うと高官は足早に裏へまわろうとする。そこへ国道から走りこむ軍用車が五台六台、店の脇の側道から奥へ入っていった。
すぐに側道を閉鎖しようとする兵士に声をかけた高官は、背後に立ってなにもできない私を誘う。現地語で高官がなにを言ったのか分からないが、バリケードを開く兵士が私を尊ぶような目で見た。
そこから数十歩、路を塞ぐ兵士が持つカービン銃が気になる。いつか韓国の警備兵が持つのは見たが、目の前にいる兵士とは比べものにならない。特殊な黒いマスクをして、その目は血走っていた。
彼らに囲まれて待つこと数分、突然奥のハウスから優に身長2メートルはあろうかという大男が、ヌッと現れた。その姿、なにかの挿絵で見た、三国志の張飛を彷彿とさせるような偉丈夫だった。
「良く来た――。君は、日本のどこから来たのか?」
と、その距離一メートル、私を見下ろしながら将軍が言う。
やはり太い声で端的に呟いた。
だがその目、その目を見たとき私は、
(この目はきっと、人を殺している)
と、なぜかすぐに確信した。
(つづく)