番外「亮くん」3
ゆきの三回忌を終えて間もない頃、ある飲み会の席に結莉さんも来ていて、同じテーブルで飲んでいた。
修平さんと婚約発表をする少し前のことだ。
女のケツを追いかけてばかりいる誠が恋の話をしだして、ゆきを忘れられないでいるオレに新しい恋をしろっていってきた。
「うん、それもいいかもね?」
結莉さんまでも言い出した。
酒が入っていたせいもあるけど、オレは少しだけ、頭に熱をおびた。
ゆきと結莉さんは、面識はなかったけど、ゆきとオレとのことは知っている。
「オレ、ゆきのこと忘れたくないから…、まだ愛してるし。
あいつ、オレにさよならも言わないで死んだんだ」
言ったあとに、得意じゃない水割りを一気に飲んだ。
「さよならなんて、別れの言葉だよ? 言われなくてよかったじゃない?
愛している人に、さよならを言われて別れるより、
突然いなくなったほうが、残されるものには、しあわせかも、」
結莉さんが、そこまで言った時、オレはテーブルの上にあった誰かの水割りを彼女にぶっかけていた。
「わかったような口ぶりで、勝手なこと言うな!
愛している人が側にいて、しあわせいっぱいの結莉さんになんて、
オレの気持なんてわからない!」
周りは驚いて、怒鳴っているオレを制止させ、誠たちが、結莉さんに謝りながら、お絞りを渡していた。
「亮! 結莉さんは、」
悠がオレに何かを言おうとしている言葉を遮るように、怒るわけでもなく、叱咤するわけでもない結莉さんは、自分の顔を拭きながら、少し笑った。
「亮くん~、どうせ掛けるんだったら、テキーラにしてよね」
そして、続けた。
「何、一人で悲劇の人やって、幻想の中に生きてんのよ。
あのね、彼女を忘れろって言ってるわけじゃないのよ?
ゆきさんは、先に死んでいった。
亮くんは、この世界でゆっくり生きてから来いってことよ。
好きな人を作って、新しい恋をして…。
亮くんにとってゆきさんが一番大切な人だったってことは、わかってる。
でもさ、大切な人って、一人だけじゃなくてもいいんだよ?
そのうち亮くんにも好きな人ができる。
それは、ゆきさんが亡くなったから次の人へ、とかじゃなくて、
亮くんの中に愛する人が増えるっていうことよ」
冷たい言葉が並べられていると思ったけど、その口調は、やさしかった。
オレはまだこの時、知らなかったんだ。
メンバーの中では、学生の時から結莉さんと知り合いだった悠だけが、知っていた。
結莉さんが昔に恋人と両親を一度に亡くしていたことを。
結莉さんの場合は、数時間前まで笑い合っていた大切な人が、なんの前触れもなく突然いなくなってしまった。
ゆきは、オレに少しの時間を与えてくれていた。
人の死に方に良いも悪いもないけれど、結莉さんはオレ以上に苦しんで悲しんでいたんだと思う。
結莉さんが、オレに言いたかったことがわかったのは、数年後だ。
あの頃、誰よりも大切だった人……
ゆき。
今日のこの白い東京も、明日には、いつもとかわりない景色に戻っているはずだ。
「おい、亮? 携帯なってっぞ~」
肩の脱臼癖が付いてしまっているキヨに呼ばれたオレは、窓から離れ、手に取った携帯の着信名を見て、携帯を開いた。
「どうした? ん? 7時ごろには帰るよ。玲子? 今日は寒いから、腹、気をつけろよ」




