番外「亮くん」2
「これ、なに? 亮、おまえ変な趣味もってんじゃねーだろうなぁ」
ベースにぶら下げていたマスコットを見た誠に言われた。
「うっせ! オレのお気に入りだ!」
「もらったの?」
悠が、マスコットを指先でこ突いた。
「だっ! 触るな!」
「なにが、『だっ!』だよ。で、これ、馬? 顔長いし」
「馬じゃねーだろ? クマか? ネズミ? 豚? うさぎか!」
「うさぎって、もっとかわいいだろ? こんなにシッポ長くねーし、ネズミじゃね?」
「じゃ、馬ネズミで、馬チューだ!」
「うおー、馬チュー!」
悠も誠もキヨも、ひどい言いようだ。
「猫だよ! ねこ!」
オレは、訴えるように言った。
「「「……ぇえ?……」」」
そのあとは、三人とも笑いが止まらなくて、誰に貰ったとの追求に、ゆきの話をして、根掘り葉掘り訊かれ、ぜんぜん練習にならなかった。
ゆきをメンバーに紹介すると、「亮だけ、ずるい…」と、遅刻もしていないのに、みんなにケツ蹴りの刑にあった。
一度、ベースから鞄に付けかえてぶら下げていた「馬チュー」の紐が切れて、どこかに落としてしまったことがある。
スタジオに着いて、そのことを話すと、メンバーが「探そう」と言ってくれて、駅に届出を出したり、通った道を何往復もして、4人で探しまくった。
「いたよ!! 馬チュー!」
悠の大きな声がして、駆け寄った。
飲み屋の店先に並べてある植木鉢の一つに「馬チュー」は座っていた。
誰かが、落ちていた「馬チュー」を置いていってくれたみたいだった。
ホッとして、みんなにお礼を言っていると、「記念、記念~」といい、誠が携帯を出し、オレに植木鉢の横に並べといい、「馬チュー」とツーショットを撮った。
「再会!」と件名の入った写メは、誠からゆきに送られた。
そして「馬チュー」は、鞄ではなく、またベースにぶら下がった。
ゆきといる時、メンバーといる時、楽しくてしょうがなかった。
誰にも何も、邪魔されないと、思っていた。
ゴーディオンがデビューして、テレビに出ることはまだまだなかったけど、ライブで地方へ行ったり、プロモーションで動きまわることが多くなり、ゆきに会える時間も少なくなっていた。
ライブで地方を回っているとき、ゆきの母親から連絡が来て、ゆきが入院したと聞かされた。
東京に戻った日、そのまますぐに病院に行った。
ゆきは、笑顔だったけど、顔色があまりよくなくて、少し痩せていた。
「入院食ってすごいんだよ? ダイエットできるの。栄養はあるんだけどね?」
おどけて話すゆきは、すぐに疲れてしまうようで、握っていた手に力が入っていないのがわかった。
病名は、ゆきの母親から聞かされていた。
ゆきは、「亮には言わないでほしい」と、母親に言っていた。
だからオレも知らないフリをした。
面会時間の終わりを告げるアナウンスが入り、「また明日来る」と笑顔で言い、オレは病室を出て、廊下の椅子に座っていたゆきの母親に挨拶をして、病院をあとにした。
息の白さが寒さを教えてくれて、頬に流れた涙が現実を教えてくれた。
そして、オレは出来る限りゆきに会いに行き、メンバーもたびたび見舞いに行ってくれていた。
オレは、病院から帰る道のり、いつも涙を流していたけど、ゆきはオレといるとき、いつも笑ってくれていた。
どんなに苦しそうにしていても、ゆきの涙は見たことがなかった。
地方であったテレビ収録が終わり、携帯の着信履歴に残されていたゆきの母親に、すぐにかけた。
母親の言葉にならない嗚咽が、全てを教えてくれた。
最終の新幹線も間に合わない時間帯で、相楽ちゃんが運転する移動車ですぐに東京に向かった。
メンバーも一緒だった。
病院に着いた時には、ゆきは病室ではなく、もう二度と目を覚ますことの許されない地下にあるガランとした霊安室で眠っていた。
教えてほしい…
どうして、ゆきを連れて逝くのか。
どうして、ゆきじゃないといけないのか。
誰に訊いても、わかるはずなどない。
そんなことわかっているけど、教えてほしくて、答えがほしくて、オレはずっと、ゆきにしがみ付いていた。
白い煙になったゆきが、空に昇っていった日、四人で青い空を見ていた。
桜が満開を迎える季節だった。