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番外「亮くん」1

ベース「亮」のお話です。

「少しだけ…、過去に戻りたい」

「ん?…どうして?」

「そしたら、あの日…亮と…出会わないように、別の車両に乗る」

「じゃぁ、オレは、その車両に乗って、ゆきを見つけるよ」

「ぇええ? 結局、私は亮と出会うわけ?」

「なに? オレじゃぁ、いやなわけ?」

「ふふふ~、だって好きな人と離れたくないもん」

「ん? ずっと一緒でしょ? オレたち。……変なこというなよな」





ゆき…。

撮影で来ていた高層ビルの窓から、薄っすらと雪が降り積もった白い東京を見ていた。

昔のことを思い出しちゃうなんて、な。

忘れることなんて、ないけど…。


「うおぉ~、思い出しちゃうぜ、彩香と悠汰を迎えに行ったあの日。

 雪の中、走ってたもんなぁ~、俺!

 ぜんぜん寒くなくてさ、早く逢いたくて、一生懸命走った」

コーヒーの入ったマグカップ片手に、オレの隣に来て外の雪を見ながら、悠がうれしそうに言った。

オレは、声を出さない笑いで悠を見て、もう一度、窓に顔を向けた。



       ☆☆☆☆☆


オレの通う高校の一つ手前の駅にある女子校の制服を着たゆきと出会ったのは、冬まっただ中の寒い日だった。

学校帰りに、そのままベースを背負って、貸スタジオに向かう電車の中は、少しだけ込んでいて、ドアに寄りかかっていたオレの向い側に、同じように彼女が寄りかかっていた。

暖房が効き過ぎている車内で、ゆきは、貧血を起こしかけ、とっさにオレは彼女を支えた。

大丈夫です、という彼女だったけど、丁度次の駅に着き、一緒に降りてベンチに腰掛けた。

彼女の気分が良くなって、また電車の乗り込み、オレの降りる駅は通り過ぎたけど、彼女の降りる駅まで一緒に乗っていた。

駅に着き、ゆきに何度もお礼を言われて、恐縮しつつ、オレは反対側のホームに移動して貸スタジオに向かった。


1時間弱遅れてスタジオに着いたオレを待っていたのは、まだデビューもなにもない、夢だけを追いかけていたゴーディオンのメンバーの熱い仕打ちだ。

特に誠は時間厳守男で、一分でも遅刻すると遅れた分だけ、人のケツを「おしおきよ!」と女言葉で言い、蹴りを入れる。

言い訳なんて言わせてもくれない。

一時間分のケツ蹴りの刑だったが、「貸スタなんだから、時間がもったいないよ」と言うキヨの言葉に、その日は許された。

学生にとってスタジオ代は、痛い。


その日から一週間くらいして、放課後に数人のクラスメイトと正門を出ると、ゆきが立っていた。

オレを見つけると、深くお辞儀をした。

友達の冷やかしの声の中、オレはゆきに近づいた。


「よかったぁ、会えなかったらどうしようかと思ってたんです」

元気よく言われた。

「どうしてわかったの? あっ、もしかして制服で?」

「はい! この間は、どうもありがとうございました。これ、お礼です!」

ゆきは、ニッコニッコの笑顔で、それをオレの胸に押し付けた。

勢いで少しよろめいたけど、それを手に取って…見た。

「……」

「……」


「プッ……、ごめん…、ククク…」

笑いたいのを我慢したが、肩がゆれてしまう。

「……作ったんですけどォ…」

ゆきが赤い顔をして、少し頬をふくらました。


オレの手の平には、いわゆる、編みぐるみ? とかいう中に綿が入っているマスコットがあって…。

友達に教えて貰いながら、なんども作り直してやっと出来上がって、オレにお礼を言いに来たらしい。


それは、なんだか耳は大きいんだけど、顔が長くて、体部分がヒョロヒョロしてて…

ねずみ? いや、顔が長いから、馬? この物体の正体は何? とも訊けず、オレが、「ありがとう」と言うと、ゆきは、また笑った。

この日から、ゆきと連絡を取り合うようになり、バンドの練習がない時は、ゆきの友達とオレの友達と数人で、たまに遊びに行ったりするようになっていた。


その日も、みんなで学校帰りに待ち合わせをしてカラオケに行ってから、ファミレスでご飯を食べていた。

「あっ、ゆき、どうした? この間、告られた南校の人。返事したの?」

ぇえっ? 今なんて?

ゆきの同級生の言葉に、オレは口に入れかけていたエビを落した。


「なになに~、ゆきちゃん、告られたん?」

「マジっすかぁ! ゆきちゃん、かわえーもんねぇ~」

オレの同級生たちが、興味深深で身を乗り出した。


ゆきの同級生が続けた。

「ゆきさぁ、結構、告白されてんだよね?

 前に、一コ下の後輩に告白されたときなんて『私、人面魚みたいな人が好きだから』

 って、訳わかんないこと言って断ってんの~」

「結構、カッコよかったのにね? あのコ」

「でも、あれからだよね? ゆきの好きなタイプは靴底みたいな顔!

 とか噂になったの」

「わけわかんねーーー!」

みんなは、ギャハハと笑っていて、ゆきも人事のように笑っていた。


じ、人面魚…? 靴…底?

オレは…たぶん、どちらとも似ていない…。

人面魚にも靴底にも似てなくて、よかったはずなのに、オレは少し沈んだ。


帰り道、二駅だけ、ゆきと二人きりになる。

ゆきの降りる駅に着き、オレも一緒に降りてしまった。

「どうしたの? 亮くん?」

不思議そうな顔をされたけど、言わなきゃって思って、告ってしまった。


オレの告白に、ゆきは『私、人面魚みたいな人が好きだから』とは言わず、顔を赤らめながらうれしそうに笑ってくれた。

OKということは、オレは、人面魚…か?

そして、オレとゆきは、付き合うようになった。


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