番外「キヨくん」4
どよ~~~~~~んとしたまま、僕が捻挫した番組のオンエアーの日を迎えた。
僕はレコーディングスタジオに缶詰で、夜9時から始まるその番組をメンバーやレコーディングスタッフと、スタジオのテレビで見ていた。
自分でも笑える、投げ飛ばされるシーン。
他人が見たら、最高におもしろいんだろうか、みんな爆笑で転げまわっていた。
チェ~、落ち込むぜ。
夏海さんが見ていないことを祈る。
僕を投げ飛ばした女子プロレスラーの子がアップになったとき、エンジニアの人が言った。
「この子、人気あんだよね」
「サマー・海子?」
「そう、ヒールなんだけど、女子中高生の女の子たちから熱い指示受けてんだよ。
女の子からすると、強くて、カッコイイんだって」
「へぇ、キヨ、よかったじゃん、そんな人気のプロレスラーに投げられて、
いい思い出になったな。捻挫までさせてもらって、あはははは」
僕の気持も知らないで、悠が、バンバン手を叩いて喜んだ。
「あーー、うらやましいぃ。オレもあの時、顔面強打してなかったらなぁ。
捻挫してでも絡みたかった…」
すっかり顔が元に戻っている誠が、心の底からうらやましそうに言った。
こいつは、ドMか……。
「素顔見てみて~」
亮の一言にみんながうなずいた。
素顔か…。
サマー・海子。
瞳は綺麗だった。
だって、彼女の瞳を見て、ボーっとしたら投げ飛ばされていたんだもんな。
海子かぁ…、海、うみ…、夏海さぁぁぁん。
夏海さんを思い出してしまった。
海に向かって叫びたい。
夏海さぁ~ん。
それから、レコーディングの合い間の仕事で名古屋に来ていて、仕事終わりに、局のプロデューサーたちに連れられ、手羽先屋で手羽先を食べていた。
店内の一角に女の集団がいて、わいわいと盛り上がっていて、誠の顔が華やき始めた。
ちょっと覗いて来よ~っと、といい、誠はトイレに行く振りをして、その横を通った。
「あれ? モンジャー・伊藤さん? 炉端夜気子さん?」
誠が声をかけた。
例のバラエティー番組で一緒だった女子プロレスラーのみなさんの顔が数人いた。
「きゃーーーー! 誠さんだぁ」
りっぱな肉体の女子プロレスラーのみなさんだが、出す声は女の子だ。
「どうしたんだ? 誠。ナンパしちゃったのか?」
「好きだよなぁ、あいつも。ったく」
誠が女子の輪に溶け込んでいる姿を見て、そんなことを話していると、誠が飛んで戻って来た。
「この間、一緒だった女子プロの子たちだった。巡業で来てんだって!
一緒に飲むことにしたんだけど、あっちの席に行こうよ!」
元気いっぱいに言いやがる。
また愛しの聡美ちゃんに、張り倒されるのがわかっているのに、懲りないヤツだ。
お店の人に席のセッティングをお願いして、僕たちも彼女たちのところに移動した。
彼女たちは、ゴーディオンにキャーキャー言い、普通の女子になっていた。
けど、一人だけ下を向きっぱなしで、テーブルに顔を伏せるようにしている子がいる。
酔っているのかと思った。
「どーしたのよ、海子~。なになに~テレてんの?」
海子?
サマー・海子…、僕に捻挫をプレゼントしてくれた子?
覆面つけて…ないよね?
当たり前だ、仕事じゃないし。
海子の隣の女子が、「顔、あげろよ、なにやってんだよ」と、海子の髪の毛を掴み、無理やり顔を上げさせた。
さすが、女子プロだ。
女同士なのに恐い…
「へぇ~、海子ちゃん、可愛い顔してんだね~」
お調子ものの誠の声がした。
僕も海子を、ちゃんと見た。
「えっ…」
僕が顔をしかめると、海子も僕の顔を見て、顔をしかめた。
「……なつ、みさん…?」
夏海さんの名前を口にすると、海子は、立ち上がり……逃げた。
「海子~?」
「どこいくの~?」
仲間の子が声をかける間もなく、逃げた。
「夏海さん!」
僕は、彼女を追いかけた。
後ろから、メンバーが僕を呼ぶ声がしたが、そんなことには構わず、僕は彼女を追いかけ店を出た。
やっぱり彼女の足は速くて、人ごみの中を掻き分けて走っていくけど、僕も鍛えてるし、男だし、彼女に、夏海さんに追いつき、腕を掴んだ。
初めて触った夏海さんの腕は、思った以上に細かったけど、筋肉質だ。
贅肉がない。
「ハァハァ…、待ってぇ…逃げないで…? やっと、会えたぁ…」
夏海さんも僕も息が上がっていた。
「ごめんなさい!
サマー・海子ということを黙ってて、それに怪我させたのに謝りもしないで…
ごめんなさい」
夏海さんは、ごめんなさいを繰り返した。
「あやまらないで。 僕もゴーディオンっていうこと隠してたし」
夏海さんは、僕が言った「女子プロレスラーの人のイメージ」にショックを受けて、僕とはもう会えないと思ったらしい。
……ということは、夏海さんも、僕のことを…? えへっ!
実は、夏海さんは留学などしていなくて、小学生の頃から、将来は女子プロレスラーになりたくて、中学生のとき、両親に内緒で受けた女子プロレス団体に合格した。
家柄がお嬢様だった夏海さんは、父親から猛反対を受け、勘当され、家を飛び出した。
母親の協力で中学と高校は卒業し、18歳の時にリングデビューした。
やはり一人娘はかわいいのか、父親が勘当を解いたのが21歳の時で、その後、実家に戻ったが、近所の手前、女性らしい服装と振る舞いで過ごさせられていた。
リングにあがるときは、覆面をしているし、地元でもバレることはなかった。
テレビ収録で会ったときは、全く僕には気がつかなかったらしい。
僕の捻挫の話を聞いて、初めて知ったと言った。
「女性に投げ飛ばされちゃう男だけど、僕と付き合ってください」
僕が夏海さんに告白すると、彼女は、いつもの「白百合のような夏海さん」の笑顔で
「はい」と、やさしく返事をくれた。
ぐふっ!
夏海さん、ゲット!
忙しかったレコーディングが一段落つき、久しぶりに夏海さんと待ち合わせをした。
先に来ていた夏海さんの後ろ姿を見つけた僕は、そっと近づいて、抱きしめた。
なんか、恋人って感じの待ち合わせに浮かれた。
「うぉぉおおおお! なにしやがるぅぅうう! 誰だぁっ!」
浮かれていた僕は、夏海さんのドスの効いた声と同時に、本当に宙に浮き、数メートル先に落ちた。
意識も落ちた。
急に後ろから抱きつかれ、驚き、とっさに護身術を使ってしまった…と、意識を取り戻した僕は、救急車の中で、夏海さんに謝られた。
「あっ、肩が変だ…」
「ごめん…、キヨくんの肩、脱臼させちゃったみたい…」