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番外「キヨくん」3

翌日から、足が治るまで休みをもらい、ちょうど火曜日だったから店に出ていた。

歌番組の収録も、ちょうど入っていなくて、レコーディングも翌月からだったので仕事には影響なかった。


火曜日の店番は、ちょっとドキドキ。

松原夏海さんに会えるかもしれない…

が、その日、彼女は来なかった。

足の痛みが倍増だ。

しかし、水曜日に彼女は、やって来た。

いつものように1500円のお茶を100グラム買いに。


僕が足を引きずっているのに気づいたらしく、心配そうな顔で言われた。

「足…、どうしたの?」

「あ、これ?」

テレビに出ている人間とは言っていなかったので、困ったが、半分正直に半分嘘をついた。

知り合いのTVディレクターに頼まれて、頭数合わせに出た番組で女子プロレスラーの人に投げ飛ばされて、足を捻った…と。

惨めな姿を見てもらいたくないので、オンエアーの日時は秘密だ。


「……、だ、だ、大丈夫なの!?」

夏海さんは、ものすごく驚いてくれて心配してくれた。

「大丈夫、ちょっと捻っただけだよ。シップで治るくらいだし。

 でもさ、女の子なのにプロレスラーって…、ちょっと恐いよね?

 あはははは~」

頭をかいて、空笑いをした。

女に投げられるなんて、情けない…


「……キヨさんは、どういう女性が好きなの?」

ええー!? 

いきなり好みのタイプを訊かれ、とまどったが、僕はもちろん、素直に夏海さんを見ながら言った。


「やっぱり女の子は、大人しくて、清楚で、女性らしい人がいいなぁ。

 僕が守ってあげたくなるよな、なんか女子プロの人って一人で生きていけそうでしょ?

 僕より強い女性は、ちょっとね。投げ飛ばされるのはゴメンだし」

「女性らしい人が、好きなんだ…?」

「うん、白いワンピースが似合う人とか…」

夏海さんの今日の服装は白いワンピースではないが、初めて会ったあの日のイメージ、

まるまる夏海さんのことだ! わかってくれるかなぁ~、なんて思いながら、話した。


「そう、なん、だ…」

あれ? なんだか淋しそうな顔になった?

なんか変なこと言ったか!? 僕!!


夏海さんが急に黙ってしまい、お茶の代金だけを、レジ横に置いて、走るように出て行ってしまった。

ど、どうしたんだ! 夏海さーーーん!

心で叫んでみた。


あっ! お茶を忘れている!

僕は外に出て、彼女の姿を探した。


彼女は、どんどん小さくなっていく。

妙に足が速いようだ。

足が痛くて追いかけられない…


僕は、お茶の袋を持ったまま、店先にたたずんでいた。

夕日に染まった、しなびた商店街。


な、夏海さぁ~ん……


カラスが「カァァ」と鳴いて、返事をしてくれた。

僕も泣いた。


夏海さんが、悲しそうな顔で逃げるように飛び出した意味を考えながら、僕は、母ちゃんが作った、油揚げの中にいろいろなものが詰め込まれた『ばくだん煮』を食べていた。

「どうしたの? 今日のばくだん煮、おいしくない? たくわん入れたからかしら」

「ん? ……んー」

僕は、母さんの問いかけに生返事をした。

今はそんなたくあんの味なんかより、夏海さんのことだけが気になる。


「おかしな子ねぇ、足首捻挫だけじゃなくて、頭も打ったんじゃないでしょうね!?」

「母さん、こいつの頭は、これ以上打っても変わらんよ」

「そうよねぇ、お父さんの子ですもの」

「おいおい、母さん、それはないだろー、おれたちの愛の結晶がこれか? あははは」

「いや~ね~、お父さん、おほほほ」


なにが、「あははは」「おほほほ」だ。

そんなくだらない会話は、この重大な問題の中に必要はないんだよ!


僕は自分の部屋に戻っても、夏海さんのことを考え続けた。

「そうだ! 明日、夏海さんの家に行こう! お茶も渡さなきゃなんないし!!」

寝転がっていた体を半分起こし、叫んだ。


「うるさいよ、兄貴~。試験前になんだから~静かにしてよ!!」

薄い壁の向こうから、剛史が怒鳴っていたが、僕は僕でまた叫んだ。

「よっしゃァアア!!!」




次の日、まだ痛い足を我慢して、自転車をこいで夏海さんの家に向かった。

大きな屋敷、何度か通ったことのある場所だったからわかる。

ほんと、デカイ家だよなぁ。

うちの店のガラガラ引き戸とは、比べ物にならない大きな門のインターホンを押した。

夏海さんじゃない少し年配の女性の声が「どなたさまでしょうか」と尋ねた。

僕が、お茶を届けに来たと説明をすると、自動的に門が開いた。

玄関に近づくと、ドアが開き、女性が出てきた。

お手伝いさんというその女性にお茶を渡すと、夏海さんは仕事でいなくて、代わりにお礼を言われた。


そうだよなぁ、夏海さん外出してるかもしんないのに、会えること前提で、いそいそと一生懸命来ちゃったよ。

僕は、しょぼくれたまま、行きの勢いとは裏腹に、ノロノロと自転車をこいで、家に帰った。


それから、夏海さんが店に来ることはなく、母ちゃんがいうには、最近はお手伝いさんがお茶を買いに来ると言う。


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