番外「キヨくん」1
ドラムのキヨの話です。
僕は、中々良い感じにヒットチャートを走っているバンド・ゴーディオンのドラムを担当してる。
なんと、実家は、商店街の中にあるステキなお茶屋さんだ。
ステキと言っても、洒落ているわけではなく、極極普通の町なかのお茶屋だけど、僕には自慢のお茶屋さん。
ここで生まれ育ったから。
毎月一度、『キヨちゃんDAY』として、店番をしている。
この日ばかりは、客層がギャル一色に染まり、列を作り、ファンの子たちが買いに来てくれる。
たまに他のメンバーも売り子したりして、その時は、しなびた商店街がギャルで埋まり、町内会活性に一役買っている。
コンサートの時には、町内会各店舗から差し入れが必ず入る。
だけど今日は、『キヨちゃんDAY』でもないのに、僕は、店に座っていた。
客層は、近所のおばちゃんやマダムがチラホラ、いつもの日と変わらない。
「あらっ、キヨくん、今日は店番なの? キヨちゃんDAYじゃないのに」
お得意さまの薬局屋のおばちゃんに訊かれた。
「父ちゃんと母ちゃんの知り合いが急に亡くなっちゃってさぁ、今朝から出かけてる。
今日オフだったから、店閉めるのもなんだし、店番してるんだ」
「そうなの? じゃ、キヨくんが店番なら、おばちゃん今日は奮発して800円のお茶買っちゃおうかしら? おほほ」
「ホント!? 毎度あり~」
いつもは500円のお茶しか買わないおばちゃんが言ってくれる。
キヨ様が店に立つと、こんな感じだ。
多少平日の売り上げが上がる。
午後を少しまわった頃、店で売っている湯のみ茶碗などを拭いていると、店の引き戸がカラカラと、開いた。
ちなみにうちは、自動ドアではない。
「いらっしゃい…ませ…」
振り返ると、白いワンピースを着た可愛らしい女性が立っていた。
本当にこの世界には「白百合のような女性」がいると言うことを知った日である。
「こんにちは」
彼女は、とろけそうな笑顔を俺に向けた。
「こ、こ、こんにちはぁ~」
僕は声がとろけていた。
「今日は、おばさまは、いらっしゃらないの?」
「おばさま…? あっ、母ちゃん? じゃない、母のことですか?」
「ええ、いつもおばさまがお店にいらっしゃるから」
おばさまって顔か? あれが…
母ちゃんの顔を思い出し、咽そうになった。
「今日は、ちょっと出かけてまして、ぼ、僕が、」
「そうなんですか」
聞いてねーぞ、母ちゃん!
こんな可愛らしい人がいつも来てるなんて!!
「いつものを…、あっ、わからないですよね? いつものじゃ。ごめんなさい」
「いえ、何をお召、お召し上がりになって、いら、いらっしゃるのですか? いつも!」
言い馴れない言葉使いを使うのは難しい…
「1500円の深蒸しを100グラムお願いします」
「1500円の深蒸し100グラムですね!!」
結構高級茶を飲んでるんだ、彼女。
少し目力を入れて彼女を見る。
「ただいまご用意いたしますので、少々おまちください」
いつもはお茶を用意する間、日本茶・100グラム500円のものを、お待たせしているお客さまにサービスで出すのだが、彼女には特別に、100グラム2500円のものを、出した。
母ちゃんには内緒だ。
「あっ、このお茶おいしい」
僕の入れたお茶を一口飲み、彼女は微笑んだ。
「わ、わかるんですか? お茶の味」
「ええ、詳しくはないけど、おいしいお茶は、やっぱりおいしいもの。
それに、ここのお茶は、どれもおいしいって、うちの両親も大好きなんです」
「そ、そうなんですかぁ!! ありがとうございます!!」
僕は、お茶をおいしそうに飲む彼女を、チラチラ見ながら、1500円の深蒸しを袋に詰めた。
110グラム入れた。
おまけだ。
これも絶対母ちゃんには内緒だ。
「初めてお会いしますよね? いつもは、おじさまかおばさまだから」
「僕は、ここの長男なんですけど、たまにしか店には顔を出さないから」
彼女は、僕のことを知らないようだった。
まぁね、テレビに出るときは少し化粧してるし、なんてったってドラムだから、カメラにもあまり映らないし、そして今日は、髪の毛もセットしてなくて洗いざらしだ。
わからなくてもしょうがないか。
「じゃぁ跡取り息子さんなんですね?」
「いえ、跡継ぎは弟なんです。僕は、自分の仕事を持ってますから」
「ああ、時々お店にいらっしゃいますよね? 若い男性の方」
「たぶん、それは弟だと思います。まだ大学生なので、たまに店番でいるだけなんですけどね」
剛史のやろう、こんなかわいい子が来たなんて一言も言ってなかったぞ。
なんでみんな僕に教えねーんだよ!
「ほんとに、このお茶、おいしい」
彼女の笑顔にデレっとしてしまう…。
「あっ、もっと飲みますか!?」
僕は、大き目の湯のみに入れ替え、彼女に差出し、小一時間、彼女を引き止めてしまったが、僕の『お茶談義』に嫌な顔一つせず、聞き入ってくれた。
夜、父ちゃんと母ちゃんが帰ってきて、遅い夕食を食べている時、何気なく訊いてみた。
「母ちゃん、今日、お客さんで、すんげーかわいい人が来たんだけど」
「今日? かわいい人? もしかして、松原さんちのお嬢さんかしら」
商店街から少し離れた住宅地にある、とびきり大きな屋敷のお嬢さんだった。
中学生の頃から海外に留学して、去年戻って来たらしい。
週に一回、お茶を買いに来ると言う。
それもだいだい火曜日か水曜日。
『キヨちゃんDAY』は、主に週末なので見かけなかったのは当たり前だ。
松原夏海さんかぁ、年齢は、23歳で、僕が29歳だから、6歳違いか…
良い感じだ! よし!
一人うなづいていると、弟の剛史に言われた。
「兄貴、手出すなよ? 近所でも有名な松原さんの娘なんだから」
「そうよ? 女と見たら見境ないんだから、あんたは!
でも、あんたに振り向くわけないわよねぇ、いくらテレビに出てる人間だからって、
パッパラパーな髪型した男に、ねぇ、お父さん」
母ちゃんに言われ、
「なんで、キヨは、おれに似なかったんだろうなぁ。
父ちゃんは母ちゃん一途に来てんのになぁ。
おまえは、チャラチャラ女のケツばーーーっか、追っかけてな」
追い討ちを掛けるように父ちゃんに言われた。
それはないだろう、父ちゃん。
女のケツを追っかけてるのは、誠だけだ! 一緒にしないでほしい。
29歳になっても彼女の一人も作らない僕は、この家の中では遊び人だ。
僕だって彼女くらいほしい…
結婚だってしていい歳だし、だけど、できねーんだよ!!
ファンの子に手を出すわけにもいかねーだろ!!
どうもうちの家族は、バンドをしているというだけで、女遊びが激しいと昔から間違った認識を持っている。
ついでに、ゴーディオンがどれほど売れているバンドなのかも全くわかっていない。
メンバーがうちに来ても、学生の頃の延長でみんなと、つるんでいると思っている。
このお茶屋の一ヶ月の売り上げより、数倍の稼ぎをしているのに、ひどい言われようだ。
その日から、火曜日か水曜日には、時間があるときは店に出た。
毎回ではないにしろ、松原夏海さんに会えた日は、ウホウホだった。
少しずつお互いの話をして、清い間柄を保っていた。
僕は、ゴーディオンのメンバーということは話さず、スタジオミュージシャンでドラムを叩いていることにした。
彼女は、音楽に興味がないらしく、そこら辺の話は全く訊いてこなかったので助かった。
そして僕は、どんどん松原夏海さんにハマっていった。
こういうのを、切ないプラトニック・ラブというのだろうか。
プラトニックを脱出したい…
家族には内緒だ。
僕の純粋な清い心がバレたら、なにを言われるかわからない。