番外「誠くん」
ギター担当の「誠」の話です。
オレは、仁王立ちの聡美の前で、正座をさせられていた。
原因は、いつもの浮気だ。
いや、ただの女遊び…これを浮気というのか…
今回は最悪だ。
現場を押えられた。
だって急に来るんだもん…
アパレル業界で働いている聡美は、展示会が近くなると、帰宅時間は、11時12時は当たり前で、オレとの約束もドタキャンが多くなる。
オレは、そこそこ人気のある『ゴーディオン』と言うバンドのギターをしていて、結構女の子にはモテる。
たまに他の女の子たちと、いろいろと楽しんでいたりして…。
お持ち帰りの女だって、どうせ彼氏がいたり、オレとは遊びだったりするから、お互い様で、いいのではないでしょうか~、などと、自分に言い訳して、遊んでいた。
意外に綺麗好きなオレは、お部屋のお掃除は欠かさない。
特に女が帰ったあとの、お掃除は念入りにやる。
証拠隠滅に力を注ぐ。
まっ、念入りに掃除する場所は、ベッドとシャワー室とトイレだけなんだけど。
部屋が綺麗なのは、いつものことなので、聡美が来ても何も思われない。
展示会近いしの聡美には、「今週は忙しいから会えない」と、言われていて、今日も友達に誘われていた飲み会に参加した。
とびきりじゃなかったけど、そこそこの女がオレの前の席に座って、なんとなく持ち帰ってきた。
その女は、結構な胸をしていて、ちょっと「ラッキー」なんて思って、オレは家に着くなり、胸一点集中でキスをしまくっていた。
いざ、出陣~と、思ったとき、間接照明だったはずの部屋が、妙に明るくなって、「えっ?」と思ったけど、女は目を瞑って「うう~ん」とか「ぁあ~ん」とか、色っぽい声出してて、そっちに気を取られて、聡美がベッドの横に立っていることには、全く気がつかなかった。
「入れるよ~?」
オレは、女にご陽気な声で言った。
「どこに!?」
「へっ?」
オレが女に言ったうれしそうな声の問いに返ってきたのは、冷たい冷たい本当にマイナス100℃の声に、氷ついたオレの体が、パラパラと壊れていく。
「どこに! 何を! 入れるの!?」
オレの頭の上に、なにか岩のような硬い声が落ちてくる。
目の前の女は、目を見開き、オレの顔ではない、丁度、オレの背後霊さんがいる辺りのところに視線を送っている。
女の視線を辿り、ゆっくりと顔をそちらに向けた。
……向けなきゃ、よかった。
慌てた…、オレは慌てて、女から即座に離れた。
聡美は、ベッドの女に服を渡し、「お帰りはあちらへ」と、落ち着いた声と態度で、ドアを指差した。
オレは、急いで穿いたパンツ一丁のまま、ベッドに腰掛け、下を向いて座っていた。
パタンと、女が閉めたドアの音がして、静かな沈黙の中、聡美は、低い声で言った。
「ここにお座り…」
自分の足元を指さした。
オレは、何も言わず、素直に正座をした。
顔を上げると、上の方から聡美が、オレを見下ろしていて、思わず視線を反らした。
おもいきり、目が泳いでしまい、聡美と目など合わせられるはずなどなく…
「いまの女性は、誰かしら?」
「……えー、あのー、あれは…」
口ごもっているオレに、また頭の上に問いかける。
「あの女性を愛してるの?」
「んなわけないだろ! ただの遊びだよ! 愛してるのは聡美だけだ!」
顔を上げて、目を見て、ここは強調した。
本当のことだし。
立ち上がろうとしたオレは、頭を押さえつけられ、また正座をさせられた。
「……愛してない女ともHできるんだ、誠くんは?」
「えっと、はい。それは、残念ながら男の悲しい性、生理的自然体欲情本能時の乱でして、
性欲の煩悩も百八あるということで、」
わけのわからないことを言ってしまった。
「で、誠くんの性欲の煩悩は、今いくつまで鐘を鳴らして、
あと、どのくらい残ってるの?」
「えーっと、は、は、半分くらい…かなぁ~、なんかちゃって…」
「……そうなんだ。しょうがないよね? まだ半分なんだ」
え? 納得してくれちゃった?
「で? 誠くんは、あの女のなにが良くてHしようと思ったの?
どこが好きだったの?」
妙にやさしい声で訊いてくる。
「え? WゾーンとYゾーン」
オレは調子のって、言った。
「そうか、だからあんなにおっぱい、一生懸命吸ってたんだぁ」
ぇえ!? そんなとこから見てたの!?
「あの女、胸大きかったもんね…。誠くん、本当は胸大きい人が好きなんだよね?
私、貧乳だし?」
「うん…、って、違う! ちがーーーーーう!」
そうなんだよ、本当は巨乳好きのオレなんだけど、聡美は少しというか、だいぶ小ぶりで、
スープ皿くらいで…、さっきの女は、どんぶりくらいで…ホクホク気分だった…って、
ダァァアアア! 今は、そんなことは、どうでもいいんだ!
「うん、わかった。もう、いいよ?」
聡美の言葉にオレは、顔を上げて、聡美を見た。
いつもだと怒り倒して、泣きまくる聡美が、涙も流さず、ちょっと微笑んでいた。
「もぉ、いいよ? これから誠くんは自由にしていい。
私は、もう、ここには来ないから。ごめんね、邪魔しちゃって…。
誠くんは、やっぱり一人の女と付き合うことなんてできないんだよ。
私のことなんて愛してないこともわかったから、もう、ここには来ない。
安心して他の女と楽しんでね…」
「え? なに、何言ってんの!? 聡美?」
オレは、いくら浮気しても、やっぱ聡美を一番愛していて、他の女とは全部遊びで、愛なんてなくて……
聡美から出てきた言葉にオレは、動揺しまくった。
「さ、聡美? まてよ、オレ、おまえと別れる気ないぜ!」
「誠くん…?」
「な、何? 何!?」
「今まで、ありがとうね。私は誠くんのことが大好きだった。でも、誠くんは…」
笑顔だったけど、瞳が悲しそうな聡美が、背を向けた。
「待って、待てよ、聡美! オレは、聡美のこと」
オレは、追いかけて、聡美の腕を掴んだ。
えっ?
掴んだはずの聡美の腕は、掴めていなくて…少し身体が透けていて…
立ち止まって振り向いた聡美が言ったんだ。
「誠くん、ごめんね、私、死んじゃったの。今日は、さよならを言いに来た。ごめんね」
そう言って、聡美は背を向けて、オレの前から消えた。
「えっ、ま、まてよ! 聡美、待てよ!! さとみーーーーーーーー!」
オレは、追いかけようとした。
だけど、体が動かない。
「さとみーーーーーーーーー!」
痛っ…?
目の前には、フローリングの床があって…
ベッドから落ちていた。
あっ、もしかして、夢? だった?
夢かぁ~、なんだぁ~。
朝の陽射しが、眩しい…
え? 朝の光、じゃない…これは、ライトの眩しさ?
「これ、どういうこと? ぁああ? 誠くん!!!」
聡美の手に持たれたオレンジ色眩しいスタンドライトが、オレの目を照らす。
眩しさ直撃で、瞳が痛い…
そして、ライトの熱で、顔が熱い…
「……さ、聡美ぃ?」
オレは、前髪を掴まれ、起き上がらされた。
ふとベッドに目をやると、知らない女が、いや、知っている…飲み会でお持ち帰りした女だ。
裸で、シーツに包まったまま、聡美とオレを見ている。
聡美は、女に服を投げつけ、「帰れ!」と怒鳴り、追い出した。
玄関のドアが、パタ…ン……と閉まった。
シーンとした静かな夜中3時近く。
前髪を掴まれたままのオレの目の前には、聡美の顔のアップがあり、オレをさっき見た夢の続きに引き戻させる。
「誠くん…」
冷ややかな聡美の瞳と声。
「な、何!? おまえ、死んだとか言うなよ? オレ、ヤだよ?
聡美が死んじゃうのなんか。オレ、聡美のこと一番愛してるし、別れたくない!
だから死んじゃったとか言うなよ……、消えたりするなよな!」
聡美が消えるんじゃないかと、オレは必死だった。
愛している女が、いなくなるなんて、そんな悲しいことはイヤだ。
「……なにわけのわかんないこと言って、ごまかそうとしてんのよ!!
っていうか、何、私のこと殺してんのよ! 死んだ、死んだって!
なんなのよ!!! そんなに私に死んでもらいたいわけ?
おふざけじゃないわよ! まことーーーーーー!!」
左右から、強烈なパンチが飛んできて、オレは、左右によろめき、最後にもう一度、左パンチをいただき、すっ飛んだ勢いで、壁に顔面強打した。
い、いつもの、聡美だ…。
し、死んでない…、よか、っ…た…
聡美が、生きて、いて…よか……っ、………………た…ぁ…
そして、オレの意識は、消えた。