(87)再会
俺は、新宿のデパートに来ていた。
「悠くん、これなんてどうかなぁ?」
「ぁあ? なんでもいいよ…面倒臭い…」
「もぉー! だから悠くんと来るのいやだったのよねぇ」
「紀美代が、決めればいいだろ?」
「ほんっとに学生時代から変わんない性格よね…」
「んじゃ、これ!」
俺は、適当に手を伸ばし、象のぬいぐるみを、紀美代に見せた。
「……なんで、象を選ぶのかしらね…それにぬいぐるみ? 男の子なのよ?
選ぶならこういうヤツ!」
溜息の紀美代の手には、子供たちに人気の「三輪車トーマト」のおもちゃがあった。
ちなみに「三輪車トーマト」とは、野菜の顔をした三輪車たちの熱い友情を物語にしたちびっ子に人気のTVの人形劇番組で、主人公の三輪車の顔はトマトである。
俺と紀美代が、別のおもちゃが並んでいる棚のコーナーを回った時、しゃがみ込んで、
一番下のおもちゃを物色している麻矢を見つけた。
「……? あれ? 麻矢?」
「え? …(げげげーー)」
振り向いた麻矢は、仁王像・阿形のような顔のまま硬直している。。
「なにやってん…」
と、言いかけたら
「麻矢~、こっちのおもちゃの方がデカイって……(げげげー)」
「……結莉さん?」
結莉が、ものすごく大きな怪獣のおもちゃを持って、現れた。
その顔も、麻矢同様な顔だ。
エッ? 結莉さんの子供? の、わけないよね…
結莉の傍らには、小さな男の子がくっついていた。
「結莉さん…何して」
と、また言いかけた時…
「悠汰~、麻矢さんと結莉さんには、一番大きなおもちゃ買ってもらい…なさ…い…」
俺はこの時、男の子の名前を、聞き逃していた。
「…………さ…やか…」
俺が、彩香に一歩近づこうとした時、彩香が、「よいしょっ」と、結莉の傍にいた小さい男の子を抱き上げた。
「お久しぶり、元気そうだね。この子…私の子! あと3ヵ月で2歳。結婚したの、私!」
えっ…、彩香の…?
俺は、彩香の言葉に、身動きすら出来なくなってしまった。
2年と少し振りに見た彩香のことは、すぐわかった。
彩香の顔を忘れるわけがない。
ただ、俺は今、この情況がわからない。
彩香と結莉と麻矢…。
どうしてこの3人が、一緒に今、俺の目の前にいるのか、麻矢にいたっては気を失いそうな顔をしている。
意味がわからない。
彩香がいなくなった日から、俺は仕事以外、外に出ることを拒んだ。
自分を責め、社長に当たり、メンバーに当たり、麻矢にも八つ当たりをした。
でも、そんな俺に、みんなは何も言わず、精神状態が落ち着くのをずっと待っていてくれた。
俺を見かねた麻矢が、興信所に調べてもらったと、彩香がいなくなった理由を教えてくれた。
実家の住所も分かり、俺は、すぐに北海道に行こうとしたが、
麻矢は、俺に住所を教えてくれなかった。
その時、麻矢から聞かされたのは「本当は親が決めた婚約者がいて、30になる前に北海道に戻る約束で上京してきた。婚約者は悠なんて太刀打ちできないくらい金持ちでハンサムで大人で、結局、悠はシメジに遊ばれた」と。
そんな作られたような話を、信じることなんて、できなかった。
俺は、本当のことが知りたいだけなのに、麻矢は、同じことを繰り返し言い、何度も何度も俺を説得しようとした。
だけど、最後に麻矢に言われた。
「シメジのしあわせは、彼女が決めるの。悠がいくらシメジを追いかけても、
シメジが悠を必要としなくなったのなら、あなたは彼女を諦めるしかない。
シメジの幸せを思うのなら、追いかけるのはやめなさい。忘れてあげなさい」
彩香のしあわせ…。
その言葉は、俺を彩香から、引き離した。
だけど、彩香への思いを、思い出を捨てることなんて、忘れることなんてできないし、あきらめきれないでいる俺が、ここにいる。
彩香の…子供…
本当に結婚してたんだ…
声が出せなくて、ただ彩香を見ていることしか、出来なかった。
「悠くん? 誰? この人…たち」
紀美代は、3人を知らない。
「…あっ…」
喉がカラカラで、声が出ない。
「こんにちは。悠の、悠君の彼女? 悠君、幸せそうでよかった、ふふっ」
彩香は、紀美代に笑いかけた。
「わた、わたしたち、ホ、ホラ! もう行かなきゃ。ディナーの予約の時間!」
「そーよ! そうだわ! じゃ、悠、詳しくは、えーとえーと、夜にでも電話するわね」
いつも動揺なんてしたことのない結莉と、高ビーな麻矢が、ものすごく慌てている。
こんな二人を見たのは、初めてだった。
「じゃぁ、元気でね…今度…もし会うときは、悠君も、パパになってるかもね?」
笑顔で言った彩香が、一番落ち着いている。
3人は、俺に背を向け、彩香は振り返りもせずに、離れて行く。
だけど、彩香に抱っこされた男の子だけが、俺のことをずっと見ていた。
4人が、棚のコーナーを曲がり見えなくなったと同時に、俺は、その場にしゃがみ込んだ。
追いかけることもできない。
彩香を追いかけちゃいけないのか……。
体が動かなかった。
「悠くん? どうしたの?」
紀美代が、心配そうな顔で見ていたが、俺は少しの間、額に手を置き、
頭のコンフューズが納まるまで、黙っていた。
☆☆☆☆☆
「あー、ビックリした。なんで、悠がおもちゃ売り場にいるわけ!?」
結莉が、デパートの駐車場の車の中で、エンジンをかけながら、言った。
「あ~ん、もぉいやいや~。お肌に悪いわ!」
麻矢は、クネクネして言った。
「悠、彼女できたんだね!」
私は、笑顔だった。
「あら! 私聞いてないわよ? 悠に彼女が出来たなんて…あの子、まだシメジのこと、」
「麻矢っ!」
結莉が麻矢を、睨んだ。
「悠汰! おもちゃは明日、もう一度買いに来ようね? 一番大きいの買おうね!」
「うん!!」
ニッコリ微笑んだ結莉は、悠汰に言ったあと、アクセルを踏んだ。
悠は、私に会っても、何も言ってくれなかった。
少し淋しいような感じは覚えたが、隣に彼女がいたから、何も言う必要はない、
悠は、今しあわせなんだと、安心している私もいた。
麻矢はその後、今晩絶対、悠に電話をしなければならないと、怯えていた。
私たちは、レストランで食事をしながらいろいろと、いい訳を考えた。
麻矢は、覚えきれないといい、紙に箇条書きにしていった。
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俺は、あの後、紀美代と別れて家に戻った。
本当は食事をして帰るはずだったが、そんな気分じゃなかったし、何も喉には通りそうもなかった。
電気も点けず、ソファにもたれ、暗い部屋の天井を見つめ、考えていた。
麻矢に電話をしようかと思ったが、あいつは、必ず言い訳をしてくるよな気がして、
俺は、その前に修平に、電話をかけた。
彩香がいなくなってから、俺は、修平にすべてを、相談していた。
「愛する人が突然いなくなる悲しみ、悠、おまえの気持ちは、俺はよくわかる!」
彼は、俺の気持ちを一番よく知っていてくれている。
今日、彩香と一緒に、結莉もいた。
修平も、なにか知っているかもしれない。
「ぁぁああ!? なんじゃそれ!?」
修平に説明すると、ものすごく驚いていた。
何も知らないようで、「結莉が俺に隠し事をしているなんてぇぇぇ!」
と、俺のことは、ほったらかしで怒っていた。
なんか俺、夫婦喧嘩の元をまいたかもしれない。
とりあえず、「麻矢から電話が来た後、俺にすぐ電話しろ」
と、言われ、修平の電話を切った。
夜遅くに、麻矢から電話が入り、すぐに出た。
俺は、問いただしたいのをグッと抑え、麻矢の話を聞くことにした。
だけど、あいつの第一声は、
「あんた! いつの間に彼女作ったのよ!! 私に内緒で!!」 怒りの声だ。
なんで…俺が怒鳴られなきゃなんねんだよ。
「……そんなことより、俺に言わなきゃいけないこと、あるんでしょ?」
「…………えーーーーーーーーとぉ」
長い「えーと」の後、麻矢はボソボソと、話出した。
彩香のだんなが、仕事で東京に出てきていて、彩香と子供も観光がてら久々の東京を満喫している。麻矢と結莉に連絡を取ったのは、黙って姿を消したお詫びをするためで、自分達も彩香がいなくなってから初めて会ったと、言った。
次から次へと出てくる話に、困惑したが、俺は一応、全部聞いた。
うそだ…麻矢は何かを隠している。
いつもの麻矢の話方じゃないし、何かを見ながら、読みながら、言っている感じがする。
「彩香、飛行機…、乗れるようになったんだ…?」
俺は、少しだけ乾いた口調で訊いてみた。
「えっ!?……それは…、ふ、ふね、船で来たのよ。船!」
麻矢の声は、うわずっている。
「わかった」 と、一言だけ言った俺に、拍子抜けしたのか、麻矢は沈黙したあと
「納得…しちゃった…わけ…? 女できたんだもんね…そうだよね」
麻矢は、俺に納得させるために電話をして来ておいて、なんだか悲しそうな声を出した。
俺は別に、納得したわけではない。
何も言わず電話を切り、すぐに修平に、電話をした。
結莉が近くにいるから、折り返し電話をすると言われ、10分後に、電話が来た。
麻矢から聞いたことを話すと、修平に「麻矢と結莉が調べた興信録を持っているか」と訊かれたが、何も貰っていない。
「おかしすぎる! 俺が調べ直す!」と、修平は鼻息を荒くした。
「いいか、悠! 俺には、根性と執念と運命の『トライアングルパワー』がある、
その力で、悠と彩香を再び引き合わせてやる!」
電話の向こうで拳を振り上げ、燃えている修平が、想像できた。
「結莉さんに、なにか聞いたの?」
「いや…残念ながら…。聞きたいのを、すんげー我慢してる。
とりあえず、彩香のことは俺が調べるから! 待ってろ、絶対に、何かあるはずだ!」
高校時代の友達が、数年前から探偵事務所をやっているらしく「そこに頼む!」と言い、
俺は、修平の、よくわからないがその『トライアングルパワー』という言葉を信じて、
待っていることにした。
☆☆☆☆☆
悠との電話を切った後、修平は、リビングに戻った。
「……なに、こそこそ寝室に電話しに行ってんのぉ? しゅーへーくーん?」
結莉が、ソファの背もたれから、顔半分だけを出して、訊いた。
「へっ?……べ、別にぃ。事務所からだよ…明日の仕事の話」
「ふ~ん、そう。浮気でもしてんのぉ? まっ、別にいいけどね、う・わ・き、しても」
結莉の言葉に修平の顔が歪む。
「してねーよ! なんで俺が浮気すんだよ!
っていうか、別に浮気してもいいって、どういう意味だよ!
結莉こそ、なんか俺に隠し事なんてあんじゃねーの? ぁあ?」
「……ふん!……」
結莉は、修平を一睨みし、腕を組み、横を向いた。
し、シカトかよぉぉぉおおお。
結莉ぃぃぃぃぃ!!!
うっ…、泣きたい。
訊きたいが訊けない修平は、我慢に我慢をし、いつになく頑張っていた。
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