表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/102

(86)二年の月日

悠がくれた小さな命、今でも時間は、私たちを成長させてくれている。

だけど、そんな時間は、私の心の中から、まだ悠を消してはくれない。



「ありやとぅ。やーたん! ケーキ!」

「んぁ? ちょっと待って! 悠汰! やーたんて何? ん? お答えなさい!」

「やーたん! やちゃくぅ~~」

「……んなっ!」

麻矢は、私の顔を見て睨んだが、私は、とっさに目を反らした。


「…シメジ!!!!! どういうこと!

 なんで『まーたん』が『やーたん』になっているの!」

「私じゃない、結莉さんだよ! この間、麻矢さんの本名を…教えてあげるって、

 悠汰とお話してたもん~矢作ちゃんって…」

「んまっ! 悠汰? やーたんじゃなくてぇ、麻矢ちゃんって、呼びましょうねぇ」

麻矢は、必死に私の息子・悠汰に、自分の名前を教え直していた。




あの日、酔って眠っていた悠を残し、あの部屋を出てから、2年と少しだけ時が経っていた。


麻矢と結莉にだけ話した、私が、悠の元を離れる理由。

ゴーディオンの全国ツアーが始まって、終盤を迎えた頃、私のお腹の中に悠汰がいることがわかった。

私が「一人で産んで育てるつもりだ」と、言った時、麻矢と結莉は強く反対した。

悠に話し、二人で育てろと言われたが、私はどうしてもそれができなかった。

もし、子供が出来たと言えば、彼は、一生私たちの傍にいてくれたはず。

だけど、それは、私のわがままでしかない。


結莉が、私に訊いた。

悠から離れるのは「彩香自身のためなのか、それとも悠のためなのか」

「私自身のため」と、答えると「わかった…」と、一言だけ言った。

もし私が「悠のため」と答えたとしても、たぶん結莉は何も言わず、

うなずいてくれていたと思う。

ただ、自分たち、麻矢と結莉だけには、ちゃんと連絡を取るように約束をさせられた。


社長と加山には、本当の事は言わず、一身上の都合を理由に、悠のこともすべて終わりにして、北海道に帰るということを、麻矢に同席してもらい、話した。

社長も加山も悠を心配して、頭を悩ませていたが、私の決心が固いことを知ると

「悠のことは、私たちにまかせなさい」と、社長が言い、私はみんなに迷惑をかけ、

心配をかけ、北海道の実家に帰った。


悠がいるからゴーディオンがあるのではなく、ゴーディオンがあるから悠がいる。

ファンの人たちは、ゴーディオンを、悠を、愛してくれている。

悠を一人占めするわけには、いかなかった。


あの時の、佐久間悠の人生の中には、櫻田彩香は、必要ないと、考えた。

そして、この先、私よりもっと大切な人が現れて、しあわせになってくれたら、

私はそれでいい。

それが、一番いいと思っている。



出産の時、麻矢と結莉が実家にいる私のところに、出産準備を手伝いに来てくれた。

「男だから子供が産めない麻矢」「女だけど子供の産めない体の結莉」

二人は出産に立ち会うと言い、少し前から勉強していた。

でも、私が分娩台の上に乗ると、「あっ、私はもぅ…ダ…メェ…」と、麻矢が気を失い…

結莉は音楽家なのに「ヒーヒーフー」のリズムが、途中でわからなくなり、息を吸いすぎて意識がなくなり…

分娩室から最初に出てきたのは、私ではなく、この二人がストレッチャーで運び出された。

今でも櫻田家の笑いのネタになっている。



結莉と麻矢に会っても、悠の話は、一切しない。

私がいなくなった後の、悠の様子は、私も何も聞かなかったし、二人も話そうとはしなかった。

テレビに出演してる悠の笑顔だけは、今も、時々…見ている。


そして、悠汰が1歳になるころ、私は実家を出た。

両親や兄夫婦からは、実家に残るように説得させられたが、私は悠汰と二人で生きて生きたかった。

札幌市内で生活を考えていたが、東京に出て来いと、結莉に言われ、悩み、

最終的に私は、東京という場所を選んだ。


仕事は、結莉が紹介してくれて、住まいは麻矢が紹介してくれた。

麻矢の父親の持ち物のマンションをいくつか紹介されたが、どれも私には身分不相応だった。

家賃は要らないと言われたが、そこまで甘えるわけには行かず、私のお給料で悠汰と二人ちゃんと生活できればいいからと断った。

そして、麻矢が見つけて来てくれたのは、一応、2間ある小さいアパート。

私と悠汰には、十分だった。


仕事は、結莉の知り合いの設計会社で、事務をすることになった。

「この子に、残業させんじゃないわよ!」と、結莉は一声で、社長を脅し、

私は、定時に帰れている。託児所にも近い。

たまにどうしても残業が出てしまう時は、麻矢か結莉が、悠汰を迎えに行き、

麻矢の家で、預かってくれていた。

麻矢は、今、リチャードと一緒に暮らしているので、悠汰が悠に会うことは絶対に

なかった。




吉田プロに居た時もそうだ。

私は、周りの人たちに恵まれ過ぎている。

私のわがままは、いつもみんなに支えられている。

感謝の気持ちは絶対忘れないようにしている。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【恋愛遊牧民G】←恋愛小説専門のサイトさま。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ