(85)消えない思い…
ツアー終盤を迎えるにつれ、彩香の元気が、なくなっていった。
本人は、何でもないと言い張っているが、様子がおかしかった。
俺が、地方に行っている時、彩香は仕事が終わると、結莉と麻矢と一緒に出かけることが多い。
結莉の家に行っているみたいだった。
俺は、ツアーと、ツアーの合い間に入れてある仕事で忙しく、彩香と家に居られる時間も少なく心配だったが、こればかりはどうしよもない。
麻矢にも、彩香の様子を聞いたりしたが、何も変わったことはないと、言われていた。
☆☆☆☆☆
全国ツアーを全て終えた2日後、麻矢の店を貸し切り、打ち上げをしていた。
彩香が、俺の近くに来て声をかけた。
「お疲れさまでした、悠! ライブは大変よくできました~花○!!」
そういうと、俺の頭を撫でた。
「んだよ、小学生じゃあるまいし~」
俺は、上機嫌だったが、なぜか心の中は、不安がよぎる。
彩香は、いつものように笑ってくれている。
だけど、笑顔が少しずつ消えて行くのを、感じていた。
最近の彩香は、やさしく微笑んだあと、いつも悲しそうな目をする。
今日もそうだ。
打ち上げの最中も、なるべく彩香から目を離さないように姿を追っていたが、麻矢や結莉と一緒にいることに安心して、俺は声を掛けられる人たちに挨拶をし乾杯を繰り返していた。
いつも以上に酒を飲んで、酔った俺は、彩香と一緒に帰宅し、そのままベッドになだれ込んだ。
「悠…飲み過ぎ~。あははは~」
彩香の暖かい手が、俺の頬を撫でた。
「…これからも、いい歌…歌っていってね…」
「ん…わかって…る…」
「ずっと…応援してるから…ずっと」
「ん……」
俺の頬に置かれた彩香の手を握ったまま、目を閉じた。
「……ゆう、…ゆ…ぅ、ありがとう…」
俺の手からそっと手を外し、頬から離れた手の代わりに、俺の頬には彩香の涙が落ちた。
彩香を見失うことなんて、ないと思っていた。
俺は気づかず…
そんなことにも気づかずに、その日、眠りについた。
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あの時、俺は、なぜ彩香の手を離してしまったのだろう。
絶対離さないと誓っていたのに。
あの朝、眠りから覚めなければよかったと、今でも思っている。
だけど、まだ、とても、とても長い夢の中だ。
頬に残る指先のぬくもりを、俺は覚えている。
いまでも忘れない。
俺の心は、あの日、止まったまま、彩香で埋まっている。
それは、今も変わらない。