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(84)思い出を残しに…

俺と彩香は、たまに喧嘩したり、無理矢理ニンジンを食べさせらそうになった俺が、近所の実家に家出したり、彩香がタレント部の飲み会に参加して、酔っ払い「遅くなったから、みんなで男性スタッフの家に泊まる!」と、電話が来て、あせった俺が迎えに行ったりと、いろいろ楽しい日々を送っていた。


ツーショットを避けるため、二人きりでいられるのは家の中だけで、あまり自由が効かない俺たちだけど、しあわせだった。



ゴーディオンの全国ツアーが中盤にさしかかった頃、2週間のツアーの中休みがあった。

少しだけテレビの仕事が入っていたが、他の日は、夕方事務所から戻って来る彩香とずっと一緒にいた。



昼間、俺が一人で曲を作っていると、きらびやかなピンク色のラインストーンの

キーホルダーに付いたカギが、ブラブラと、目の前で揺れた。

顔を上に上げると、麻矢がやさしく微笑みながら、俺を見下ろしていた。


「これ…って」

見覚えのあるキーホルダー。


「私からのご褒美! あっ、悠にじゃなくて、シメジにね!」

麻矢の父親の所有する神奈川のマリーナ近くにあるリゾートマンションのカギだった。

俺が仕事で忙しくなる前は、麻矢の家族に連れられてよく行っていたマリーナ。


「行ってきなさい、二人で。吉田ちゃんの許可は取ってあるわ。ただし1泊だけ。

 週末は人出が多いから、シメジには、有休を使わせて平日に行くこと!」

「いいの!? 社長もいいって言ったの!?」

麻矢は、深くうなずいて、俺の手に、マンションのカギを乗せた。


麻矢は、何か社長の弱みを握っているらしく、それをチラつかせ、強引に許可を得たらしい。

その社長の弱みを教えてくれと言ったら、

「悠に教えたら、それをネタに吉田ちゃんに何を言い出すかわからないから、ダメ!」

と、するどいところを突かれ、教えてくれなかった。


夜、彩香と食事をしている時、マンションのカギを見せた。

彩香は、二人で出かけることを心配していたが、今回は特別で、社長の許可もあると、

言うと、少し考えてから、俺の顔を見て微笑んだ。



それから3日後、二人でマリーナへ車を走らせた。

途中でランチを取り、レストランから出ると「運転してあげようか?」とニッコリ微笑まれた。

まだ、諦めていない…俺の車のハンドルを握ることを。

そして、俺もいつものように言う、「結構!」。

すねた彩香を車に乗せ、マリーナ近くのマンションに着いた。


「すご~い! リゾート地みたい!」

……みたい、じゃなくてリゾート地だ。

海を一望できるベランダに出て、彩香は大喜びだった。


俺は、彩香を後ろから抱きしめて、言った。

「二人で来れてよかった」

「うん、麻矢さんと社長に感謝だね…」

俺は、そっと彩香の首筋にキスを落とした。

やる気満々の俺だが、まだ、日没にもなっていない。

あせっていると思われたくないので、グッと我慢した。


夕食までヨットが並んでいる海沿いを、手を繋いで歩いた。

「ねぇ、夏になったら…ツアーが終わったら、二人で沖縄行こうか…」

彩香は、俺の言葉に笑顔をくれるだけで、返事をしてくれなかった。


ダメだってことは、二人ともわかっている。

二人で出かけることだってできないのに、旅行なんてまだ無理なこと、今日は特別だって…わかってる…。

だけど、絶対、必ず俺は、いつでも好きな時にこうやって彩香と手を繋いで歩けるようになってやる!

絶対、彩香の手は離さない。



「あっ! フナ虫!」

フナ虫を見つけた俺は、フナ虫を追いかけたが、逃げ足が速い。

ムキになり追いかけてしまった…。


「あははっ、悠、なんか子供みたい」

「……なんだとーー!!」

俺は、彩香をギューっと抱きしめて、じゃれた。


キャハキャハと、笑う彩香が、俺の腕の中で急に言った。

「悠……好き…」

「えっ…?」

緩めた俺の腕からすり抜けた彩香は、照れた顔で、そのまま走っていった。


「あっ! なんだよ! もう一度言えよ。なんて言ったんだよーー」

聞こえていたが、うれしくて俺は彩香を追いかけて、捕まえた。

フナ虫じゃなくて、彩香を捕まえた。


「なんて言った? 聞こえなかった、ん?」

「別に? なんにも言ってない」

「言えよ、もう一度言えーーーー」


俺に抱きしめられた彩香が、もう一度言った。

「…悠が好き!」

「……俺は好きじゃない」

「え?」

「俺は好きじゃなくて…愛してる…彩香を愛してる」

「…すんごい、いじわるな性格…」

「彩香は? 彩香は俺のこと愛してる?」

「うん…悠のこと好きだし…愛してる」

彩香は、上目使いで俺をジッと見て言った。


あ~~~俺、もうダメだ…


オレンジ色に輝く海を前に、俺は彩香と長いキスをした。



このベタな会話と、安っぽいカラオケの映像のような行動にも気づかず、

俺たち二人は、このマリーナに思い出を残した。


あっ、夜の営みの思い出も、しっかりと……しっかりと! 残した。


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