(80)彩香悩む
悠と、ちゃんと付き合いだしてから、二人で仕事以外での外出することも多くなった。
日曜日のお昼、散歩がてら家の近くにある大きな公園のドックランを覗きに行き、
その近くにあるカフェで、ランチをしていた。
悠が席を外した時、後ろに座っていた女性たちの会話が、聞こえてきた。
「あれって悠だよね」
「うんうん、そうだよ」
「やっぱりカッコイイ~」
「一緒にいる人彼女かな」
「ええーそんなのショック!」 …………
忘れていた。
悠は、有名人だった…
以前の私は、悠の立場を考えて行動していたはずなのに、お互いの気持ちが分かってから、悠といられることで浮かれていた。
何も考えなくなっていた。
ファンのこと、事務所のこと、ゴーディオンのこと。
外で公に、軽々しくプライベートを一緒に過ごしては、いけないんだ…
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俺がトイレから戻ると、彩香が頬づえをつき、伏せ目がちに、ボーっとしていた。
「どうした? 彩香?」
「え? あぁ、ううん、何にも」
そのあと、彩香は事務所の仕事の話をし出した。
ゴーディオンが忙しすぎて、加山がスケジュール管理に頭を悩ませているとか、
ファンレターの数は誰のが多いとか、明日の取材は何時からだとか……
そんなのどうでもいいよ、俺。
仕事の話なんて…どうでもいいのに。
「休みの日くらい仕事の話すんなって。今日の夜、麻矢の店に行く?
あっ、そうだ! おまえさぁ、俺のボクサーパンツ、シーツと一緒に糊付けしただろ!
あれ、止めろよな、パリパリで穿き心地悪いし、
ちょっと…辛いなぁ~穿いてて、なんか、なんかなんだよなぁ~へへ」
笑いながら彩香の方を見ると、ものすごく睨んでいた。
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人が、人が必死に「私は事務所スタッフです!」と、周りにアピールするような話をしているのに、悠は、のん気にパンツの話をし出した。
間違ってシーツと一緒に糊付けしたパンツの話なんて、今はどーでもいいじゃないのよ!
私が睨んでも、悠は、うれしそうな顔をしているだけだった。
☆☆☆☆☆
ゴーディオンが出した新しいアルバムがベスト3に入り、悠たちは、忙しく動いていた。
事務所の前には、前以上にファンの人たちが、来るようになっている。
そして、悠のスキャンダル目当てにカメラマンが、たびたび出没していると、社長から聞かされ、悠も私も、気をつけていた。
私は、自宅玄関ではなく、事務所側の玄関を使って4階を行き来し、郵便ポストの名前も消し、私宛のものはすべて「美坂 方」を付けるようにした。
もちろん、加山、音楽部スタッフは、私と悠のことは知っている。
誰も何も言わず、見守ってくれていた。
ただ、私はこの家を出ようか、迷っている。
今、悠との事が公になるのは困る。
事務所にもゴーディオンのみんなにも迷惑をかける。
そして、麻矢のことも、私は気になっていた。
麻矢は、本当はリチャードと一緒に暮らしたいと考えている。
だけど、麻矢がまだ、ここを出ることができない理由。
麻矢は何も言わないが、たぶん、それは、私がこの家にいるからだ。
悠と私が二人だけで、ここに住むわけにはいかない。
私は加山に相談することにした。
麻矢のことは言わず、事務所に来るファンの人やゴーディオンにとって、今は一番大事な時で、人気に支障をきたす様なことは避けたいと、話した。
「それで、彩香ちゃんは4階を出るつもりなの?」
「はい。悠の食事とか身の回りは、事務所に通勤しながら、今までと同じにできると思うし、
この近くにアパートでも借りれば、時間的にも問題ないと思うんです」
加山は、家を出る必要はないと、言ってくれたが、とりあえず、吉田と相談するから少し待ってくれと、言われた。
だが、吉田は何でも麻矢に言ってしまう。
吉田経由でこのことは麻矢の耳に入っていた。
何も知らず、私は加山からの返事を待っている。




