(79)愛のバングル
彩香が、部屋に入って来た。
「まったく、しょうがないなぁ。寝ちゃって」
と、自分を反省することなく、彩香は、俺の左二の腕を枕に、寝転がった。
「……」
俺は、体ごと彩香の方を向き、右手と右足で彩香を挟んだ。
「なんだ、起きてたんだ」
「寝れるわけねーだろーが!!」
この日もベッドの中で、一仕事を終え、俺たちは眠りについた。
が、俺は目を開け、彩香の頬っぺたを突付いたりして、熟睡を確認した。
腕枕で寝ている彩香の頭を上げ、そっと腕を抜いた。
そして、左手首に付けていた、きつい方のバングルを外した。
締め付けられていた手首には、バングルの痕が、少し残っている。
(これも愛の証だぜ)
などと、わけのわからないことを思いつつ、彩香の右手首に、それをはめようとした。
んが、いきなり彩香が寝返りをうち、反対側を向いた。
「ぇ…そんな…」
おまけに膝を折り曲げ、両手を膝と膝の間に、入れてしまった。
俺は、少しの間、様子を見ていた。
彩香の顔を薄明かりの中でずっと見ていたら、ムラムラしてきた。
しかし、今の目的は、そんな事ではない。
自分に気合を入れた。
俺が、一人もがき苦しんで数十分。
やっと彩香が寝返りをうった。
「うっ…痛てぇ…」
彩香の右手が、彩香の顔を覗きこんでいた俺の顔に、直撃した。
踏んだり蹴ったりって、こういうことなのだろうか。
「と、とりあえず彩香の右手確保!」
起きないように、静かにそっと、彩香の右手首にバングルをはめた。
少し大きかったが、抜けてしまう事はない。
俺は、自分の左手と彩香の右手をつないで、そのままベッドに仰向けに寝た。
彩香が、また寝返りをうつと、つないだ手を解いて、背を向けた状態になった。
本当に、こいつは寝ているのか、と疑いたくなる。
起きていて、わざとしているんじゃないかと思わせるような行為…
(うっ…なんだよ…しくしく…)
自分の『M』部分に涙しつつ、しかたなく彩香を後ろから抱くように同じポーズで
眠りについた。
朝、目が覚めたら彩香は、まだ眠っていた。
俺にピトッと、くっ付くように眠る彩香の寝顔を見ながら、本日も、しあわせ指数200%の俺がいる。
そしてまた、バングルをしている手同士を、つないでみた。
ガバッ!!
俺の気持ちを、毎回毎回無視するかのように、いきなり彩香が、起き上がった。
(仕事仕事――ちこく~)
一人何も言わず、慌てている。
休日だということを、忘れているようだ。
「今日、休みだろー?」
「あっ、そうでした…」
俺の言葉で、ちゃんと目が覚めたようだ。
俺は、彩香が自分の右手首に、いつ、気がつくか、待っている。
「あっ!!」
「何なにー?」
俺は、うれしそうな声で訊いた。
「…トイレ行ってくる…」
「……」
部屋を出て行く彩香を見つつ、気の抜けた俺は、ベッドに、再び潜り直した。
――― バタン ―――
彩香は部屋に戻ってくると、やっとバングルに気がついたのか、俺を揺すり訊いてくる。
「ねぇねぇ、これなに?」
「し・ら・な・い…」
意地悪をして寝転んだまま、背を向けた。
「…ふ~ん、なんだろうねぇ…これ」
後ろで、カチャカチャという音が、聞こえた。
俺は、すぐに起き上がり、彩香を見ると、バングルを外そうとしていた。
「ばっ、ばか。何やってんだよ!」
彩香の手を掴んだ。
「だって、聞いても教えてくれないし、外してやる!」
「やめろー、てめぇー」
彩香は、笑いながら俺をからかっていた。
「絶対外すなよ!」
「なんで右手なの?」
「俺は左手だ! 手をつないだとき重なるだろ。彩香の右手は、俺専用だから」
「ふ~ん、分かった。で、私の左手は誰のもの?」
「…左手も俺のものだけど…深く考えるな!」
バングルの内側に彫られていたメッセージを彩香は知らない。
「FOREVER LOVE YOU & SAYAKA」
……ベタなメッセージとわかっているが、永遠に変わることのない愛を誓った。
だけど、俺たちは、いつでもどこでも、手を繋いで歩けるわけではなかった。
ゴーディオンが、前以上に売れ出すと、彩香は二人で外出することを避けだした。




