(78)愛のバングル
雑誌のスチール撮りを終えて、家に帰ると彩香と麻矢がソファに並んで、無言のまま、羊羹の一本食い大会をしていた。
「……」
言葉が出ない。
「あのさぁ、二人ともそれ止めなよ。体に悪いよ…見てる方が気持ち悪くなるし…
というか、ご飯前によく食べれるよね…」
見ているだけで、胃がムカムカしてきた。
羊羹を飲み込み終えた麻矢が言った。
「あら~どうして? 健康診断はALL クリアよ! わたくし! ね~」
「私も! ね~」
二人で顔を見合わせ、仲がよろしいようで…。
先に羊羹を食べ終わった麻矢は、時計に目をやり、慌ててシャワーを浴びに行った。
仕事に行く時間を忘れていたようだ。
どれだけ羊羹に集中していたのだろうか…
俺は、彩香の横に座って、羊羹を食べている彩香を見た。
「……(糖尿になるよ…)」
「何見てんのよー」
横からの視線を感じたのか、彩香が俺の方を、向いた。
俺は、彩香に軽くキスをした。
もう一度、キスをした。
「あまい…」
「羊羹食べてるから!」
「……」
真顔で当たり前のことを言われた俺の顔が、引きつる。
俺は、気を取り直し、彩香の頭をポンポンと叩いて言った。
「でさぁ、夜…俺の部屋来いよ…」
「エッチしたいの?」
彩香の声は意外に大きく、それも極極普通に、言ってくれた。
誰も聞いていないのはわかっているが、おもわず彩香の口を、手でふさいだ。
「声デケーんだよ、おまえは…」
俺の顔は、赤らんでいく。
俺の左手首には、バングルが二本。
デザイナーの友達に頼んで作ってもらったオリジナル。
さっき帰宅前にもらって来た。
一つは彩香のだから、少しキツイ。
どんなシチュエーションで渡すか、オーダーした時から考えてはいるが、別に誕生日でもなく季節イベントでもなく…
なんでもない日のプレゼントってものすごく渡しづらい。
10時過ぎに彩香が風呂に入ると言い、俺は自分の枕の下にいそいそとゴムを置いた。
「よし!準備OK!!」
彩香と入れ替わりに、俺はルンルン気分でシャワーを浴び終え、リビングにいる彩香に声をかけようとドアを開けた。
……え? 俺たちの楽しい夜の…絡み合いは…?
彩香は、大型テレビの前にあぐらをかきながら、リモコンを持っていた。
ええーーー!
最近、「麻矢に買ってもらった」と、喜んでいたゲーム機のリモコンを手に、画面に向かい、俺には…背を、向けている。
ゲームソフト「メタル・ギッチョンチョン」の主人公・スネーゲがアップで映っている。
彩香はゲームクリア後の特典でできるミニゲーム、主人公・スネーゲの「すね毛を刈る」というタイムアタックにハマっていた。
俺は、テレビ画面の前に立ち、腰に手をあて 「何やってんだよー!」 と怒ってみたが、
「ちょっとどいてよ。画面が見えないじゃない。
この主人公の「スネーゲ」がかっこいいのよね~渋いし! いいわぁ~」
と、俺の体を退かし、画面に釘付けだ。
俺には、画面の中のこいつのどこが、かっこいいのかわからない。
俺の方が、数倍いい男のはずだ。
「ほんとに、邪魔だから、悠。どいて!」
と、真剣な顔で一蹴りし、まるで俺のことは無視だ。
俺は、その場に崩れ落ちた。
やっぱりコイツ『S』だ…。『ドS-MAX彩香』以外の何者でもない。
確信した…。
彩香は2時間ほど一人でゲームを楽しみ、タイムアタックは満足のいく結果が出たらしい。
ゲームを終えて、鼻歌まじりの彩香が振り向いた時には、放置プレイされていた俺は、
ソファには座っておらず、ベッドで一人、大の字のまま不貞寝をしていた。
物語はフィクションです。各企業・団体・人物・その他、関係者様とは一切関係ありません。