(7)カレーに肉をお願いします!
買い物に出てから2時間ほど経ち、麻矢がやっと帰ってきた。
「スーパーに行っただけじゃないの?遅くない?」
腹をすかせてずっと待っていた俺は、少しムッとした表情をした。
「ん~、ちょっとお友達とお茶してたの。すぐに作るから待ってなさいよ」
麻矢は手早くカレーを作り、ダイニングテーブルの上にカレーライスのみを置いた。
「サラダとかは?」
「カレーに野菜が入っているじゃない。それで十分でしょ?」
「……」
俺は、スプーンでカレーのルーをかき交ぜた。
やっぱり肉無しだ。大きく切られた野菜のみが入っている。
ニンジンは入っていない…と。
そこまで麻矢は意地悪ではないらしい。
俺はニンジンが大嫌いだ!!
麻矢のカレーを覗くとビーフがゴロンゴロンと見えた。
「俺の肉…」
麻矢の顔を見て聞いた。
「ぁあ??肉??」 凄まれる。おとなしくしていよう。
「な、なんでもないです…すみません」
やはり出かける前のことをまだ根に持っている。
「あっ、そうだ!悠、来週の月曜日はお仕事なの?」
「…ん?確か、夕方からスケジュールが入っていたと思う」
「そう~。お友達がディナーに来ることになったの。まぁ、別に悠がいなくても
構わないんだけど」
「友達?米山さんたち?」
「ううん、違う。初めてお誘いしたのよ、その子」
友人・知人はたくさんいるが、麻矢のお気に入りの「お友達」と呼ぶ人間は
ごくわずかで、ほとんどが男性だ。
家に招いて食事をする友達となれば両手で収まる数しかいない。
だから米山さんたちじゃないとなると、ものすごく珍しいことだ。
「俺の知らない人?」
「うーん、知ってる…というか…」
麻矢は語尾を濁した。
「誰?」
「悠は仕事でいないんでしょ?まぁ勝手にやるから気にしないで~ふふふ」
麻矢は、なんだか意味ありげな笑いをし、肉の塊を一つ口に入れ、おいしそうに食べた。
俺は、麻矢のお友達の話より肉だ。肉をくれ…
麻矢の皿の肉にジ―っと視線を集中させた。
「もぉ、しょうがないわね!そんなに直視されていたら食べづらいわよ!」
麻矢は俺の皿を取り上げ、キッチンに行き、肉を乗せて持って来てくれた。
「や、やったーーーー!」
肉ぐらいで何?という顔をされたが、24歳の男には血となる『肉』が大切だ。
俺の顔からやっと笑顔が出た。
「まったく、肉ばっか食べちゃって!若い男ってどうしてこう肉、肉ってうるさいのかしら。
そんなに体力つけちゃってどうする気よ。また女連れ込む気でしょ。前回みたいな女は
ご遠慮願いたいわ!」
「若い男って…って、麻矢と俺一歳しかちがわねーだろ?なんか年寄りじみた話し方すんな
よなぁ。それに女連れ込んでもいいって言ったの麻矢だろ?」
俺はたびたび部屋に女を連れ込んでいるのだが、先月のことだった。
クラブに飲みに行って、そこで知り合った女を家にお持ち帰りした。
いつものようにお互い遊びだったんだけど、その女が、朝ばったりとリビングで
出くわせた麻矢と言い争いになり、それから二人で叩き合いが始まった。
麻矢は、親にも叩かれたことがない大切な顔を傷つけられたと大騒ぎし、
挙句の果てにその女を「訴えてやる!」と言いだした。
万が一、裁判ざたになったとしたら麻矢の勝訴は確実だ。
顔の広い麻矢のBACKには計り知れない面子がそろっている。
一声かければ麻矢のために集まる人間は、たくさんいる。
その前に、たかが俺の連れ込んだ尻軽女のささやかな喧嘩で裁判になったら
俺の仕事に支障大だ。
情けないが、俺は一生懸命麻矢をなだめ、平謝りで事なきを得た。
「悠が連れてくる女って本当に可愛げがないのよね。全部を全部見たわけじゃないけど、
おもしろみのない見かけだけの安っぽい女ばかりじゃない?見る目ないわよね~
そんな女相手にしてたら、悠だってそれだけの男って見られちゃうわよ」
「どうせ、遊びなんだから見た目だけでいいじゃん」
「まぁ、私のこの美貌を超える女は、今の所この家には連れてきてないようだけどね?
遊びにしろ、本命にしろ、たまにはもっと私に認められるような女つれてきなさいよね。
ったくねぇ~ほ~っほっほほほほ~」
言いたいことを言ったあと、高笑いが響く。
「はいはい。くっちゃべってないで飯くえば?」
口うるさい麻矢をおとなしくさせるには、口の中に何かを入れておくのが一番だ。