(68)もう、男なんていらない
夕食の後、悠と二人で、テレビを見ていた。
「Chiekoの瞑想~」
あっ、この曲…ゴーディオン…。
私は、テレビから目を反らす。
東京に戻り数日が経ち、幾度となく流れるこのCMだけは、未だ見ていない。
「どうして見ないの~?」
隣で悠が、からかう様な口調で、訊いてくる。
テレビの中の、自分の顔を見るなんて、やっぱり私には耐えられない。
それに、この家のテレビはデカ過ぎる。
「ホラ、早く見なよ。あ~ぁ、終わっちゃった!」
悠に何を言われようが、見ない。
次のCMが始まり、私は顔を上げた。
「彩香はかわいいよ? 今度は見なよね?」
「悠に言われると、社交辞令か美辞麗句にしか聞こえない」
「あっ、被害妄想炸裂?」
悠がたまに言ってくれる…彩香はかわいい、と。
そして、冗談でも抱きつかれると、心が苦しくなる。
だから、気づかれないように、悠に、私の気持ちが気づかれないように、
いつも悠の頭を叩いたりしてごまかしてる。
結莉にも言われた「彩香は悠に対して心にマスクを着けている」と。
このマスクを外してしまったら…悠の傍にはいられなくなる。
自分の気持ちを、ごまかしきれなくなる日が来るのが…恐かった。
ドラマを見ていると、私の携帯が鳴り、開いた。
私は、鳴り続ける携帯の画面を、見続けた。
「どうした? 出ないの?」
悠に声を掛けられ、悠の方を見た。
「……」
「彩香?」
「……たかし、から」
画面には番号だけが、表示されている。
すでに孝志のメモリーは削除してあったが、番号は覚えている。
見ればわかる。
一旦切れ、すぐにまた、着信音が鳴った。
悠は、不安そうな顔で私を見ている。
私は、携帯に出た。
「もしもし…」
やはり孝志だった。
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孝志からの電話に彩香は、少し戸惑っている様子だった。
本当は、携帯を取り上げて、切ってしまいたい。
だけど、それをする権利は俺には、ない。
孝志と話している彩香を見ていることしか、できない。
「あ…、ん、お久しぶり。CM? うん、そうだけど…何の用?」
彩香は、静かに話している。
「え? マンション? もう解約してるわよ? 住んでるわけないじゃない…」
「……」
彩香は少しの間、黙っていたが、急に声を荒げた。
「それで…? あなたはどうしたいわけ?……ねぇ、バカにしないでくれる?
子供ができたから別れてくれって言ったのは孝志よ?
もし、寄りを戻しても同じことを繰り返すわ。
そのたびに私が傷つく事あなたわからないの?
私だけじゃない、相手の女性にもよ」
少しの沈黙の後、彩香が声を荒げた。
「…………ざけんなよ!! 海に沈めてやろうか? それともコンクリート詰めか?
あ”あ”?? どっちがいいか、答えやがれってんでぃ!」
こ、恐い…。
俺は少し、ビビッてしまった…
彩香は啖呵を切った後、携帯を折ろうとしていたが、俺が携帯を取り上げて阻止した。
こんな彩香を見るのは初めてだ。
「どうした? 何言われたんだよ」
俺が心配そうに訊くと、俺を睨み始めた。
……いやいや俺何もしてないし、俺じゃないし…
「何言われたかわかんないけど、気にすんなよ。忘れろよ」
「……女と別れたって…で、CM見て私のこと…思い出したって…」
「えっ?」
「妊娠してなかったんだって…。相手の女性のうそだった。
だから寄り戻したいって…あはは、笑っちゃうよね」
いや、俺は笑えない…。
寄りなんて戻されたら困る。
彩香は、少し落ち着いたのか、黙ったまま目を潤ませ、俯いた。
馬鹿にされたみたいで、悔しかったんだと思う。
涙を我慢しているのか、少しだけ鼻を啜ってから、顔を上げて俺に笑いかけた。
俺は、思わず彩香を引き寄せ、抱きしめて言った。
「もう、いいよ…無理に笑うな。アイツから電話かかってきても二度と出るな。
携帯番号、換えちゃおう、な?」
彩香は俺の胸の中で、小さくうなずいた。
し、しあわせ~~、俺。
そして、彩香を抱きしめ、一人、しあわせにしたっている俺から離れると、
真面目な顔をして、俺に宣言した。
「もぉ、男なんていらない! やっぱ独身で楽しくやっていく、私!!
なんか男運ないみたいだし!!
櫻田彩香!一生独身でいくことを、佐久間悠に誓いまーーーす!!!」
はぁぁぁ!?
元気よく誓いを述べられた俺は…どうすればいいんだ!!