(67)タロウ、現る…
沖縄でのレコーディングは、一応終わり、東京に戻る日が来た。
残りのレコーディング、編集作業などは、都内のスタジオで行なう予定だ。
彩香は、やはり昨晩からまた暗い人間になり、無口だった。
沖縄の空港に着くころには、ほとんど夢遊病者のようになっていたが、俺が傍にいた。
「彩香、また俺が傍にいるからな? 大丈夫だからな!」
「………ぅっ」
泣いている…
俺はそのまま彩香と並び、来た時と同じ一番後ろの真ん中の席に着いた。
彩香は俺に自分の席に戻るように言ったが、相楽も「いいからいいから」と
彩香の傍に俺を付かせてくれた。
着席すると彩香は俺を見た。ずっと泣いている。
「…ご、ごわい…うっ…」
――かわいい…どうしてこんなにかわいんだろ、こいつ。
だけど、ごめん彩香…おもしろすぎる、おまえの…その顔…
「もほらめかもしれなひぃ…」
往路と同じく復路も、離陸と同時に気を失った。
上空安定に入り、これまた往路と同じく俺は、リスライニングを倒し、
彩香の頭を自分の肩に寄りかからせ、つかの間の小さな幸せ気分を、味わっていた。
あ~、なんだかスンゲー、しあわせタイム!
ずっとこのままでもいいのになぁ~東京なんて着かなくても…
なんなら、このまま日本の裏側のブラジルまで行っちゃっていいよ~
などと、思っていた。
『東京に帰ったら紹介するね、タロウくん』
しあわせタイムを邪魔する言葉を、思い出してしまった。
―――タ、タロウめ…。
またメンバーと相楽が、入れ替わり立ち代り、俺たちの様子を見に来た。
今回、俺は寝ていない。
「なんで、みんな順番にわざわざ最後尾のトイレに来るんだよ!
っていうか、なんでデジカメ持ってるんだよ」
キヨの持っているデジタルカメラが、気になった。
「デジカメの意味は?」
「これは…さやちゃんのかわいい寝顔でも、撮ろうかと…」
「ざけんなよ、そんなもん撮んなよ。戻れよ自分の席」
「まぁまぁ、そういわず、はいはい~悠ちゃ~ん~こっち見て~」
カシャカシャと、数枚撮った。
「な、何やってんだよ!」
「あとで、送信しとくから~~じゃ!!」
キヨはそう言うと、トイレに来たと言っていたのに、トイレにも行かず、
自分の席に戻って行った。
俺が少し動いたので、彩香の頭が反対側に向いてしまった。
―――うぉっ、いけねーいけねー。
「彩香、こっちに来い!」
頭をまた自分の肩の寄りかからせ、また、しあわせタイムに入っていった。
着陸になり、無事地面に着いた。
―――ちぇ、もう着いちゃったよー! なんだよ、日本ってちっせーよなぁ。
「彩香…、着いた…、着いちゃった…よぉ」
残念な声の俺は、彩香を揺すり起した。
「んん? ん…ん? 着いた? 着いた?」
彩香は、キョロキョロした。
「着いたよ…」
「あれ? 悠、なんでここにいんのよ、ダメじゃない!」」
―――ええーー!? またぁ?
俺と一緒に飛行機に乗り、隣に座った記憶は、全然ないらしい。
ガクリと肩を落した。
「あ~、早く降りよ~っと!!」
回復力が早い彩香は、元気よく手ぶらで飛行機から降りて行き、手荷物担当は…俺だ。
ファンが結構来ていたので、俺はメンバーと移動用のバンに乗り込み、
彩香はタクシーで帰ると言い、先に空港を出た。
俺が家に着く頃には、彩香は窓を開け、空気の入れ替えをし、軽く掃除も終わっていた。
シャワーを浴び、リビングのソファで横になっていると、ゴマフあざらしの大きな抱き枕を持った彩香が、俺の所にきた。
「ほら~ふかふか~」
―――これ、タレント部の連中がクリスマスプレゼントとか言って、
彩香に渡してたやつだ。
「ん? なに? くれんの?」
「え? あげるわけないじゃない。東京帰ってきたら紹介するって約束したから」
「え?なにを?」
「この子…」
「これ?これがどうした?」
「これ! じゃなくて、この子! 子よ! 子!」
俺の顔の前に、無理矢理ゴマフあざらしを、押し付けてきた。
「んだよ。ぬいぐるみじゃんかよー。これ! でいいじゃねーかよ。うぜーなぁ」
「ひ、ひどい! タロウくん、紹介してあげるって約束したのに!!」
「…えっ…?」
「もぅ、いいよ…帰ろう、タロウくん。この人とは、お話にならないようだわ」
彩香は、横目で冷たい視線を俺に浴びせ、タロウくんと共に、部屋へ戻ろうとした。
「え、ちょ、ちょっ、ちょっとまて」
俺は、ソファから起き上がり、彩香からタロウくんを、奪い取った。
「これ、いや、この子、タ、タ? タロウ…くん?」
「そうよ、タロウくんよ。いつも一緒に寝てんのよ! ふん!! 返してよ」
―――ええーー、マジかよ…マジィィィ?
そうか! おまえが俺のライバル・タロウくんかぁ~こいつめ!!
バンバンッ!! ギューーーッ。
俺は、ふかふかの大きなタロウくんを叩きまくり、二つに折り曲げ、抱きしめた。
「ちょっと! なに折り曲げてるのよ!! 潰れるでしょ!」
「へぇ~、嫁に行けない女って、こういうのと寝てんだぁ~~」
「はぁぁぁ?」
―――タロウ~~~~、ちくしょう~~~。
俺は、なんで彩香に、こんなに振り回されているんだ。
彩香が取り上げようしたが、俺は思いっきり上に投げた。
「きゃーーー、タロウくーーーーん」
タロウくんは天井にぶつかり、彩香がキャッチした。