(66)ライバル・謎のタロウくん
俺は、彩香のベッドで、そのまま寝てしまっていた。
夢の中で、鉄の棒が、俺の喉もとに向かって、刺さってきた。
それを抜こうと、もがくが、どうすることも出来ない。
「んん~、く、くるしい…」
「たすけてぇ~~~~息が…でき…ない…」
苦しくて、どうしようもなくて、パッと目が覚めた。
……と、彩香のスネあたりが、俺の胸に上にあり、足の甲が口元にあり、
足の人差し指と中指が、俺の鼻の穴にしっかりと埋まっていた…。
苦しいはずだ…。
「……あははは~どんな寝方してんだよ」
俺が起き上がろうとしたら、俺の足を、彩香が抱いていて、動けなかった。
どうしよう…。
少しの間、そのままでいた。
「ん~~、たろう…くん…」
「え?」
彩香が、俺の足をギュッとして、タロウという名を、呼んだ。
えっ!? タ、タロウって…タロウ…て誰だよ!?
もう一度ご丁寧に、
「たろう…きゅぅぅん…」 と、寝言を言った。
俺の幸せ気分は、ここで終わりを告げた。
雅俊に…今度はタロウ…かよ。
どれだけ俺を苦しめれば気が済むんだ。
また俺は一人、ダークワールドに突入していった。
彩香は、一瞬ピクッとなり、目を覚ました。
「…あれ…?」
目を擦りながら、起き上がり俺を見た。
「悠…? どうしたの? 私……あっ、朝ご飯作らなきゃ…」
「俺…シャワー浴びるから…」
ガックリ肩を落とし、部屋を出て、自分の部屋に戻った。
俺と彩香の間には、いったい何人の男がいるんだ。
頭をかきむしる様にシャンプーをした。
まだ、抜け毛を気にする年齢ではない。
俺は、一人休憩時間に、石の上に座って、ボーっと海を眺めていた。
その姿をメンバーが、物影から見ている。
「なーなー、悠は昨日、楽しかったんじゃないのか? なんか落ちてるぜ」
「おっかし~な~、夕べ帰ってきたときはご機嫌だったんだけど…」
「もしかして、その後なんかあったか? あの二人」
「え? さやちゃんのこと襲って振られたとか?」
「に、しちゃー彩香ちゃん、いつもと変わらないぜ?」
「なにがあったんだぁ?誠、おまえ聞いて来い!」
「オ、オレ、聞くのやだよ…、キヨ行けよ」
「僕だって…恐いよ~」
―――タロウ…誰だよ。タロウって。ぜんぜんわかんねーよ。
どうすんだよ、俺。
彩香に思い切って聞こうかな…?
あーーー、マジマジマジーーー、どうしたらいい!
俺は自分の頭を、ぐちゃぐちゃと、かき混ぜた。
「うわ~~、壊れた! 悠が壊れちゃったよぉぉ」
「自傷行為か!? 自分をいじめてるぅ」
「泣いてんじゃねーのか? おい…どうしたらいいんだ…」
メンバーは、メンバーで悩んでいた。
俺は立ち上がり、叫びながら、走り出した。
「うっをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「…」「…」「…」
「完璧壊れた!」
「どこ行くんだ、あいつは」
「な、なんか戻ってきたぞ!」
「こっちに来るぞ!!!」
メンバーの姿も目に入らず、通りすぎ、
裏庭から彩香のいる台所に向い、勢いよく勝手口を開けた。
「あれ? 悠、どうしたの? 飲み物? お腹空いたの?」
彩香に訊かれたが、俺の息は、切れている。
キャベツの千切りを作っていた彩香の横に立った。
「ハァ…ハァ…、さ、彩香!」
「どうしたの? ん?」
手を止めて、こっちを見た。
「あの! た、た、た…」
「ん? た? 炭酸飲料がいいの? 歌入れなのに炭酸はダメでしょ?」
「…ちがう! 飲み物じゃない」
「んー? なに?」
「た、タロウって…タロウって!誰だよ!」
「へ? タロウ? タロウ…タロウ?」
彩香が眉間にしわを寄せ、俺の顔を見た。
「タロウ…おまえ、朝…寝言で、タロウって言ってたから…」
「あ~、タロウくん? 夢に出てきて抱きしめたからかなぁ~?」
―――だ、抱きしめたぁーーー!?
そういえば、俺の足を抱いていた…
「ふふっ、東京に帰ったら紹介してあげるよ~タロウくん!」
意味ありげに笑って、また千切りをトントンと、軽やかな音と共に切り始めた。
―――紹介…タロウを、俺に紹介するのかよ…
俺は、一瞬落ち込みかけた。
が、
―――よし! こうなったらタロウと勝負だ!
彩香は、ぜってーわたせねー
戦ってやる!
雅俊もだぁぁぁぁぁぁぁ!
イケメンモデルもだぁぁぁぁ!
いつになくメラメラと、何かが燃え上がり、どんな敵が現れようと俺は迎え撃ち、
戦う気満タンになった。
俺が、拳を握りながらロビーのソファの方に行くと、メンバーが何か暗い顔で
ボソボソと輪になり、相談しあっていた。
「おう! みんなーーーー!! 元気ですかーーー!」
どこかのプロレスラーのような挨拶をしたが、メンバーは無言だ。
「…」
「…」
「…」
(やっぱ壊れちゃったんだよ)
(びょ、病院行きか?)
(ゴーディオンは、どーなるんだよ)
「…? あんだよー。みんな、どうしちまったんだよーーー」
俺は、みんなの顔を見ていった。
「い、いや、別に…なぁ」
「きょ、今日は元気だなぁ、ゆ、悠」
「きの、昨日は楽しかったか…?」
オドオド状態の三人は、引きつった顔で微笑み、俺を囲んだ。
「たのしかったよ! あっ、誠! 下痢大丈夫か? 下痢男!!」
「え? あっ、あー、あぁ、もう大丈夫だ。全部出た!」
「そうかーよかったな! 腹の中に残しておいても、しょうがねーもんな!」
「う、うんうん! うんうん!」
誠は、上下にブンブンと、頭を動かした。
「さーて、残り数日! 頑張っていいアルバム作ろうぜ! んだぁぁぁぁぁぁ!!」
右手拳を上に上げて叫んだ。
メンバー3人は、完璧に引きまくっている。
最終日までの俺は、元気そのものだった。
タロウは気になるが、戦うと心に決めた俺は、、歌にも力が入り、完璧なアルバムが出来上がっていった。