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(64)また出た…この夫婦

3月も半ばを迎え、悠たちのレコーディングも終盤に入って行った。

社長と加山、そして結莉と修平、修平のバンドの仲間が大人数で陣中見舞いと称し、

ぞろぞろとやって来た。


私は、台所でいつも以上の量の昼食の支度をしていた。

「いよっ! 彩香ちっや~~~ん! がんばってるぅ?」

結莉が、クロワッサンな目をして近づいて来て、私に抱きついた。


彼女は誰にも、いつも明るく接してくる。

傍にいてくれると楽しいし落ちつく。

それは麻矢に対しても言えることだ。

…もしかして、私女好き!? ええ! そっち?

の、わけなよね…麻矢のオリジナルは男だし。


変なことを考えながらも、結莉と二人で話ていた。

結莉はレタスの葉を一枚バリバリ食べながら訊いてきた。


「彩香ちゃんの傷の手当て、悠ちゃんが毎日やってくれてたんだって?」

「うん。でももう治りかけだし、大したことなかったし」

「んで?」

「へ?」

「つきあってんでしょ? 悠ちゃんと。まだなの?」

すっとぼけた顔で訊いた。


「まだもなにも…結莉さん、私たちはそんな関係じゃないですよ?」

「あっ、そう」

ニンマリ笑う結莉の顔が恐い。


結莉は、笑顔を消した顔で、また一枚レタスを取り、パリパリとほおばり始めた。

なんか、おなか空いているのか、すごい勢いでレタス食べてるんですけど…


「で、自分の心にマスクかけてんだ」

「マスク?」

「隠してるっていう意味。心、隠してがんばっちゃってる?」



本当は自分の心を隠している。

自分にも見せないようにしている。

気がつかないふりをしている。



「まっいっか! その心のマスク、私が取ってあげようか…うふっ!」

なぜか結莉はガッツポーズをして、極上の笑顔で私を見た。

私が意味を聞こうとしたとき、遠くから結莉を呼ぶ声が聞こえ、

その声はだんだん近づいてきた。


「ゆうりぃぃぃぃぃぃぃぃ、どこだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


ドタドタと足音を立てながら、台所に入って来たのは、修平だ。

「はぁ…来ちゃったよ…」

溜息と共に、結莉がボソッと肩を落として、呟いた。


「何やってんだよ! 探しちゃったじゃねーかよ。心配させんなよな!」 

そう言うと、修平が結莉にヒシッッッと、吸いつくように抱きついた。

「もぉー、ちょっと離れなさいよ! 磁石みたいにあんたは! いつもいつも!」

磁石って…確かに。


「あっははは~磁石って…結莉さん、面白すぎ!」

「うっせ! 彩香! おまえはちゃんと飯作れ!」

「な、なんで修平さんに命令されなきゃなんないんですか!」

結局二人は、私の炊事の邪魔をしながら台所から動かなかった。


昼食が終わり、結莉が後片付けを手伝ってくれた後、結莉にくっ付いてスタジオに

行った。



           ☆☆☆☆☆



楽器のチェックをしていると、結莉が彩香を後ろに従え、スタジオに入ってきた。



「ちーーーーーーーーーーーーーーーーーっす!」

結莉さん、(ち)が長すぎ!

「結莉さんが見てると思うと、緊張するんですけどぉ」

「あそっ?」

「……」

結莉の真顔が、恐い。


結莉は、自分が関わっていない音には、何も口は出さない。

こちらが求めても、アドバイスもくれない。

どこが良くてどこが悪いのか、けなしもしなければ、褒めもしない。

自分のアドバイスなんて、何も役に立たないという。

ゴーディオンの音楽は、ゴーディオンに関わっている人間だけで作れということだ。

結果は、いつもゴーディオンを聞いてくれている人たち、応援してくれている人たちが、

必ず教えてくれる…と


だけどいつも、ライブに来てくれる時、こうやってスタジオに遊びに来て、俺たちの音を聞いている時の結莉は、ものすごく真剣な顔で、体全身から音楽を吸収しているような感じがする。

彼女がゴーディオンの音楽を、どう思っているか、感じているのか、それが、ものすごく俺たちを緊張させ、恐い。



そんな結莉の横に引っ付いている彩香は、初めて見る風景にキョロキョロともの珍しそうに顔を動かしている。


田辺と話していた修平が結莉を見つけると、犬のようにすっ飛んできて、

結莉にピタッとくっ付いた。


犬…? シッポついてんじゃないの?

俺は、修平のお尻を覗きこんだ。


「悠! オメーなに人のケツチェックしてんだよ。男所帯で欲求不満なのか?!

 あっ、男に走ったとか? 女命だったのによぉ。女―――命!!」

と言って、修平は『女』と言う字と『命』と言う字を体で表現した。


……本当にこの人は、人気№1バンドのボーカリストなのだろうか…

   本当に俺はこの人を、尊敬し付いていって、いいのだろうか…


呆れて修平の頭をバカスコと叩きまくっていた結莉が彩香に言った。

「そういえば、雅俊くんが、淋しがってたわ」

「まさとしくんが?」


ま、まさとしぃぃ? 誰だ!!

やっと、深沢からの呪いから解放されたと思ったら、今度は別の男の名前が出てきた。

それも俺が逆らうことなどできない結莉の口から。


「先週会ったんだけど、彩香が仕事で沖縄に行って当分帰らないって話したら

 つまんなそうにしてたわ」 

結莉は、「うふっ」という顔で俺を、チラッとみた。

(悠ちゃん、引きつってるよ顔! おもろっ! 分かりやすい性格よね)

いじわるな結莉である。


「帰ったらすぐ! すぐ!! すーぐーに、連絡くれって!」

(うぅ~~~マジサイコー悠ちゃん! その顔! 口開いちゃって!)

結莉は頭の中で腹をバンバン叩いて、俺の顔色をチラ見しては喜んでいる。


俺は、新しい男の登場に軽い貧血を起こしそうになり、修平のTシャツを掴んだ。


「ぁんだよ、悠! 俺はその気はねーつってんだろ。あっ、彩香誕生日プレゼント

 何がいいんだ? 結莉と贈り物するよ!」

「え? いーですよ、そんなの~」

「あっ、男紹介してやろっか!」 修平が言った。

(きゃ~、修平くん! 悠ちゃん撃沈、ナイスコメント!)

結莉は、嬉しそうに何も言わず、修平の頭を撫でた。


「なんで、撫でてんだよ、結莉…」

「え? べ、別に? たまにはいいじゃない」

「もっとしてくれよぉぉぉ」

「馬鹿! 調子にのんじゃない!」 

修平は結莉に頭を叩かれ、みぞおちに膝キックをされた。


「っ…。さ、最近さぁ、モデルやってるやつと知り合って、そいつ29歳独身、

 えれーーカッコイイんだよ。東京に戻ってきたら紹介してやるよ」

修平は、膝キックが痛かったのか、腹を擦りながら言ったが、修平からの紹介と聞いて彩香の顔が曇った。

「結構です…クリスマスパーティーの時に、紹介してくれた人、

 ものすごくカッコイイ人だったけど、ゲイだったじゃないですか…

 修平さんの紹介ってなんか当てにならない…」


ハァァァァ!? いつの間にそんな人紹介してもらってんだよ!

き、聞いてねーよ! 俺!!


俺は、すでにギターのチューニングなんてどこへやらで、3人の会話をかなり不安な顔で聞いていた。


「ま、ま、まさとしって…?」

小声ながら、さっき聞いた名前を出してみた。


「谷口雅俊、知ってるでしょ? いまいち主役を取れない俳優だから彩香ちゃんに

 紹介するにはちょっと考えたんだけど…いいヤツなのよ、性格は。そしたら

 雅俊くんがさぁ~彩香ちゃんのこと気にいっちゃって―――――――――――」


谷口雅俊…いい顔過ぎて人気が今ひとつ。準主役でドラマによく出ている俳優。

俺は結莉の話が少しずつ耳に入って来なくなり、今度は修平の腕に抱きつき、

頭を修平の肩に乗せ、目を瞑った。

「うっ…」

「ぁんだよ~どうしたんだよ、悠。だから俺はダメだって! 結莉がいるから!!

 ざんねんだな! 他の男をあたってくれ!」

修平に、頭を撫でながら、言われた。



「音合わせするぞ~」 

田辺から声がかかり、俺はヨロヨロと位置についた。

「おーーい、悠! 集中しろよ~今日は、先輩たちも見に来てんだからな」

「あ、は、はい。よろしくお願いしますぅ…」

元気が出ない。


この台風夫婦は、夜ご飯もしっかりとみんなと食べていき、ホテルに戻って行った。


俺の心はまだ台風の目の位置、真ん中だ。

抜け出せない…

もう一荒れ来る予感が…する。








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