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(63)イギリス行きは?

彩香の怪我も、落ち着いてきた。

毎日手当てをしているのは、俺だ。


「傷口も塞いできたな。痕残らないかなぁ」

「平気だよ。少しくらい残ってもいいよ」

「だめだよ、女の子なんだから…」

「お、女の子って、もう、子じゃないし…それって、イヤミかしら?

 しつれいね!今月でもう29です!」

―――3月…彩香の誕生日だ…


「なにか、ほしいものある? 誕生日プレゼント。なにがいい?」

「何か、くれるの? んーとね、んーーーーと」 

彩香は、一生懸命考えていた。


子供かよ…一生懸命考えすぎなんだよなぁ…。


「あー、別にないかなぁ?……あっ! じゃあね!」

「うん?」

「男…男紹介して! んとね、この際、38位まででぇ、なんとなくでいいから

 イケメンで、身長は、まっ、私より低くなけれ、」

「ふ、深沢……は?」


俺は、自分から彩香に深沢の話を出さないと誓った正月以来、

初めてそいつの名前を口にした。

彩香から深沢とのノロケを聞かされるのはごめんだったし、

俺が彩香を傷つける言葉を投げて終わりになってしまうのがいやだった。


「ん?…あぁ忘れてた。みんなのお世話が忙しくて、深沢さんのこと忘れてた」

「ハァ? 彼氏のこと忘れるくらい忙しくないだろ?」

「彼氏?…深沢さん、イギリス行っちゃったし」

「…あ”あ”? 先に行ったの? 彩香…いつ…行くんだよ…」


俺は、彩香の腕に包帯を巻きながら、知りたくもない答えを、待っている。

知らず知らず、ほんの少しだけ包帯を、きつく巻いていた。


「悠、ちょっと包帯きつい…」

「あっ、ごめん…」

「……ねぇ、なんで私がイギリス行くの? 深沢さんと一緒に~」


やり直そうと、包帯をほどき始めた俺は手を止め、顔を上げて彩香を見た。

俺のその顔は、何を言われているのかわからない、ハニワ顔に違いない。

彩香は首をかしげながらも、俺の目を真っ直ぐみている。


「だって…プロポーズされ…て、結婚…するって」

「結婚するなんて言ったっけ? 私、あはは」

彩香は、少し声を出して笑ったあと、微笑んだ。


「言って…ないけど。俺聞いてないよ? 深沢と別れたなんて」

「別れたっていうか、別に、ちゃんと付き合ってたわけじゃないけど…?

 それに悠、何も聞かなくなったじゃない? 深沢さんとのこと。

 だから別に報告しなくてもいいかなぁ~って思った!」

「教えろよ!そんな大切なこと…俺…彩香がイギリスに行くとばかり思ってたから」

「イギリスだよ? 飛行機だよ? じょ~だんじゃないわよ。

 十何時間も飛行機に乗るなんて……あっ、考えただけで意識なくなりそう…」


本当に顔が青くなりかけて、後ろに倒れそうになっていた。


プロポーズを受けなかった理由が、飛行機だけとは思えないけど、俺はうれしいとかホッとしたとか、それらも全て含んだよくわからない、味わったことのない感情に、体全部を包まれて、涙がこぼれそうで一生懸命我慢して、彩香の腕に包帯を巻いた。


そして、俺は途中から、いないライバルと戦ってきた自分が可笑しくて、笑い出した。


「なによ急に。あ…また私のこと笑ってんでしょ…また男を逃したとか思ってる」

「思ってねーよ!ったく!なんでいつもそうなるんだよ」

「いつもいつもバカにして!その顔が物語ってるのよ!!」

彩香の頬を膨らまして拗ねた顔を、久しぶりにみた。



俺の顔は……今、最高に笑っている。



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