(60)心配性な俺…
毎度のことだがレコーディングの毎日は、煮詰まったり、眠れなかったりと
いろいろと大変だった。たまにメンバーと衝突したり。
だけど、その衝突はお互いに必要な大切なものであったりするから、俺たちの作品は
納得のいく、いいものに仕上がっていく。
少しハードな日々を送っていたので午前中「今日はこれまで!」と、プロデューサー
の田辺の指示が出て、音入れを終了し、午後から暇になった。
3時頃、俺は玄関の前で数人のスタッフとアイスキャンデーを食べながらたむろっていると、
玄関脇に軽トラが止まり、彩香とスタッフの柴田が、車から降りて来た。
なんで、柴田と一緒なんだよ!
俺はムッとした。
一人のスタッフが言った。
「おーー、ずっり~の柴田ぁ。彩香ちゃん独り占めしやがって~」
--―――なぬ!?
「暇だったから荷物もちで一緒に行っただけだよ。結構大変だぜ、買出しって」
―――そうなんだ…。
「さやちゃん買出しとか一人で行ってるもんなぁ。」
「あっ、オレ、台所まで運ぶよ~」
―――ぁあ??
「ずっこい! おれも~!」
―――ぁぁあ”あ”!?
なんだよ! みんな、彩香にちやほやしやがって!
「大丈夫よ。いつものことだから慣れてるし」
彩香は遠慮したが、スタッフたちは我先にと、食材と生活用品を運んだ。
あいつら、ぜってー彩香狙ってる。
ここは男の巣だ! 女は彩香を入れて4人。
昨日からスタジオ入りしたコーラスのねーちゃん二人は、40近いし既婚者だ。
音響助手で来ている清水は若いが、女として魅力がない。
彩香は特別かわいい!!
すんげー、やべーじゃん!
俺があせっても、彩香には深沢というヤツがいるんだけど…
俺は自分で深沢の名前を出し落ち込みながら、一人ブツブツといいながら玄関の前で
ウロウロしてしまった。
「おい、なにやってんだよ、悠。檻の中のゴリラか? がははは、――ゴリラ!!」
誠が、ゴリラのマネをしながら大笑いしている。
頭を叩いてやった。
「痛っ!なにすんだよ、ゴリラ~」
「うっせんだよ、人が考え事してっときに!」
「はぁ? おまえが考えることって彩香ちゃんのことしかないじゃん!
あっ、彩香ちゃんのことかぁ~、そいつぁー悪かったな!
いろんなこと想像してるときに!!」
「なんだよ! 想像って」
「あんなことやこんなことやそんなこと…だろ?どうせ」
「っ! てめー誠――」
俺らは叩き合い、蹴り合いながら部屋に入っていった。
傍から見たら、じゃれあっているだけのようにしか見えないが、
いつも本気で戦っている。
夕食の時、音響助手の清水康子が彩香に、部屋の冷蔵庫にいつも常備してある『ヨーグルトと野菜ジュース』が切れたので今から買ってきてほしいと、わがままなことを言い出した。
必要なものがあるときは、朝、彩香に伝え買出しの時に購入しておくことになっている。
それなのに清水は「これから買って来い」と言う。
「まだお店は開いてるから、食事を終えたらすぐ買ってきます」
と、彩香はいやな顔もせず了解した。
「明日でもいいんじゃない?もう暗いしさぁ」
スタッフの一人が言った。
「毎朝食べてるのよ!無いと困るぅ~」
清水はブリって言った。
うざい女だ。
「車だし、平気ですので、買ってきます」
「じゃ、ボク一緒に行くよ。もう食事も終わってるし、さやちゃん一人じゃ危ないよ」
―――あ”あ”!!!?
「あっ、じゃオレも行く。山田が一緒じゃもっと危ない」
―――おい!!まてよ!
「んじゃぁ~僕も行く!」
―――ざけんなよ。俺が行く。
まだ食事中だった俺は、早く食事を終えようと、大口でご飯を詰め込んだ。
メンバーは俺を見てニヤついる。
いいんだ、もうこの際、メンバーにでも誰にでも笑われていい。
彩香がイギリスに行くまでの間、俺は彩香の側にいる。
修平さんのアドバイスだ。
「みんなありがとう。でも、一人で大丈夫ですので!」
男性スタッフが口々に「自分が行く」と言い始める中、清水は彩香を一睨みし、
席を立ち食堂を出て行った。
「彩香ちゃん、誰かに付いていってもらえ。そのほうがいい。山田、一緒に行ってやれ」
田辺が言った。
俺は、田辺を見て顔が引きつった。
なんで俺を指名してくれないんだ…。
指名料なんて要らないから、俺を指名してくれよーー。
俺の空しい叫びも届かず、彩香と山田は買い物に行ってしまった。
俺は心配でロビーの大型テレビを見るフリをして、彩香の帰りを待っていた。
小1時間ほどで戻ってきた彩香の姿を見て、安心した。
「さやちゃん、無事におもどりでぇ。キスくらいしちゃったかもなぁ。チュッ」
一緒にソファに座っていたキヨが、俺を見て、ふざけて笑いながら俺にキスをする
マネをした。
俺はキヨの頭をぐちゃぐちゃにして席を立ち、部屋に帰った。
残念なことにキヨの頭は、元々ぐちゃぐちゃなので何も変わらない…
11時近かったが、俺は彩香の部屋のドアをノックした。
「ん~? どうぞぉ」
ドアを開けたが、彩香の姿がみえない。
「あれ? 彩香?」
「ここぉ、ここー」
ベットの下にもぐり込んでいて、俺からは死角になってみえていなかった。
ベッドの下に転がって行った小銭を拾っている。
財布をぶちまけたようだ。
「ふー、取れた~。なに?」
風呂上りなのか、バスローブ姿だ。
バスローブが、少し肌けてしまっている。
鼻、鼻血が……
ヤ、ヤバイ…お、押し倒したい…ところだが、グッと堪えた。
「み、乱れてる…」
と、言って彩香の胸元を直した。
さして気にしていないのか、相変わらず俺を男として見ていないのか、彩香は
恥じらいも感じられない声で言った。
「あ? あぁ、ありがとう。んで、どうしたの?」
「え? あのさ、みんなに気をつけろよ…?」
「みんなって?」
「男たち。スタッフの男たちだよ…」
「ん? どうして?」
彩香は、俺を見上げたまま首をかしげた。
そういう表情が、やばいんだって!かわいいんだって…
クラクラしてきた…
「あいつら…彩香狙ってるかも…しんねーし。
ここ、女少ないし、男にはいろいろ事情があるだろうし…」
「あ”あ”? あははは~大丈夫だよ。私なんて女扱いなんてされてないよ」
「そんなことないぜ、今日だって、みんなちやほやしてたしさぁ」
「あれは、飯焚き女に感謝を込めてのヨイショだよ」
「そんなことねーよ、絶対、狙われてるって!」
「悠、心配してくれてるんだぁ~ふふふ~」
「そ、そんなんじゃねーよ…」
―――そうなんだけど…
「わかった! 気をつけます!」
と敬礼の真似をした。
―――ほんっとヤベーよ、俺…
「じゃ、じゃぁな。おやすみ」
「おやすみ~」
俺は、ヤバイ気持ちを押さえつつ部屋へ戻り、ベッドに倒れこんだ。