(59)沖縄到着
空港から目的地のスタジオまでは、2時間かかる。
広い敷地内には、宿舎とスタジオが建っていた。
結莉が、いつも使っているスタジオは信州なのだが、彼女は沖縄の海が大好きで、どうしても、この環境の中、曲を作りたくて、スタジオを作った。
少しの温度や湿度差で、音は変わってしまう。
湿度に弱い楽器や機材の音が鈍らないように、レコーディングスタジオは完璧な設備がなされている。
お金に糸目はつけていないような造りだ。
元々ホテルだったところを改装してあるため、各自の部屋が用意されている。
3階建ての2階、3階が部屋になっていて、1階がロビー、食堂やミーティングルームやプレイルームになっていた。
近くの民家までは車で5分、スーパーも10分はかかる。
何もない静かなところ。
目の前にはきれいな海が広がっていた。
この日の夕食から、私の仕事は始まった。
そして、今日からゴーディオンのCMがオンエアされる。
みんな各自、部屋のテレビで見てくれればいいのに、食事のあと、ロビーに
設置されている大型テレビの前で、全員が集合していた。
私は、見たくない。
恥ずかしいだけだ…
サンプルとしてもらったVTRも、一度も見ず、そのまま部屋に置いてある。
仕上がりが、どんなものなのかも、知らずにいる。
無理やり、テレビド真ん中のソファに座らされ、俯いていた。
隣には、悠。
悠の方を向いて、言った。
「私、やっぱり、部屋に帰る…」
「ふっ、恥ずかしいんだ、彩香」
鼻で笑われた。
ゴチャゴチャ言っていると、始まってしまった。
私は、ずっと、下を向きっぱなしだ。
「彩香ちゃん、かっわいい~」
言ってくれるのは、ありがたいが、私にはお世辞にしか聞こえない…
キスシーンでは、冷やかしの声でみんなが盛り上がった。
周りのみんなの声が、その情況を説明してくれているので、撮影の日のことが、
頭の中蘇っていく。
そういえば、このCMを撮ったころは、まだ悠と麻矢が恋人同士と思っていたんだっけ。
そして、ギャラも貰って、焼肉…100g8000円の肉を、悠に2枚も食べられてしまった…
…いまでも悔しい。
思わず、悠を睨んだら、悠がこっちを見た。
「なんだよ、ちゃんと画面見てろよ」
などと、言われ、こいつはなんで平気な顔をして、自分のVとか見れるのか、
私はこんなにドキドキしているのに…
いろいろなことが重なり、余計に憎しみが蘇っていく中、CMが終わり、結局、何一つ見ることはなかった。
「いよ! お二人さん! 何見つめ合っちゃってるの?CMだけじゃ、
もの足りないってか!!」
誠の言葉に、みんなが冷やかした。
みんなの評判は上々だったが、私はたぶんこの先も、このCMを見ることはないような気がする。




