(58)搭乗…そして…
レコーディング地、沖縄に向かう日。
朝から彩香はズーーーーーーーンと静んでいる。
朝食も食べていない。
尋常ではない。
メンバー、スタッフは各自に羽田に集合で、俺と彩香は二人で羽田に向かう。
迎えの車が事務所前に着き、玄関前で事務所スタッフが見送りをしてくれていた。
「あー、さやちゃん、半泣きだよ」
「彩香ちゃん~~ガンバ!! 打倒飛行機!」
「ばか! 飛行機打倒したら落ちちゃうじゃない!」
デンジャラスが加山に怒られている。
「…へ? 落ちるぅ?」
彩香は、下を向いてポロリと涙を落とした。
「あーー、ちがうちがう。落ちないから! ね! はいはい、行っといで~」
加山に、肩をバンバンと叩かれながら、彩香はうなずいた。
「じゃぁ、悠、悪いけどよろしくね、彩香のこと。
ついでにレコーディングもガンバって!」
「う、うん! んじゃ、行ってきます~」
俺のレコーディングはついでで、みんなは彩香のことを、心配していた。
車の後部座席でずっと、彩香の手を握っていた。
彩香の頭の中はもう真っ白のようだ。目が死んでいる…。
それに繋いでいる手が、震えている。
羽田の出発ロビーには、どこからか聞きつけてきたファンも来ていて、スタッフが、車のところまで迎えに来てくれた。
彩香は、無いに等しい気力を振り絞り、付き人の真似をし、先に車を降り、スタッフに俺を任せ、後ろのトランクから荷物を下ろした。
「無理すんなよ。荷物、他の人にまかせろよ」
「だ、だいじょうぶぅ…つ、付き人ですから…うっ…」
ぜんぜん大丈夫じゃないぜ。
フラフラだし…。
俺は、ファンの子たちに囲まれながらも、彩香のことが気になり、チラチラと振り向いていたら、彩香はガラスの扉にぶつかりそうになり、スタッフに助けられていた。
専用待合室に行き、お互いに挨拶を交わしたあと、チケットを受け取り時間まで、各自解散になった。
俺はチケットを見たあと、すぐに相楽の所に行った。
「相楽ちゃん、俺の席スーパーシートなんだけど、彩香エコノミーだろ?
並んでないじゃん」
「あぁ、メンバーはみんなスーパーシートだ。
おまえだけエコノミーにするわけにはいかないから」
「じゃ、彩香どうすんだよ。俺、隣にいてやるって約束したんだよ?」
「彩香ちゃんの希望だ。一人で一番後ろの真ん中に座るって…
悠の隣に座ったらみんなに迷惑がかかるからって」
「なんだよ、それ…」
あんなんで一人で座れるわけねーじゃんか!
ふざけんなよ…。約束したのに。
俺は、彩香のところに行き、言った。
「彩香、俺、おまえの隣に座るから…」
「へぇ? あぁ…大丈夫だから、私…大丈夫ぅ…悠は大切なアンティパストだから」
たぶん、アーティストって言いたかったのかな?
俺を前菜にしてどうするんだ…。
「なに言ってんだよ、カンケーねーだろ?そんなこと!」
「へぇ? ん…おなかすいてないし…」
あっ、ダメだ。ヨレヨレで全く話が、かみ合ってない…
「んじゃ、なんか店見に行こうか!」
「……」 彩香の返事はない。
こいつ、マジ意識無しになってる…
「食い物とか、あっ、羽田にしかない限定のお菓子とか、沢山あるんだぜ!」
俺の言葉に、彩香の顔が上がった。
「げ、限定? 食い物?」
食い物に反応かよ…。
「う、うん…羽田空港だけの。おまえ、飛行機乗らないから羽田知らないだろ?」
コクリと彩香は、うなずいた。
ほんと、かわいいよなぁ~。
俺は、いつものように『あばたもえくぼ』状態だ。
「見に行く? っつーか宿舎の回りなんもねーから、何か買ってくか?」
声も出さずにコクコクとうなずいた彩香を、待合室から連れ出した。
羽田は広いし彩香は来たこともない。恐怖で意識もあまり持ち合わせていない。
はぐれないように手をつなごうとしたが、「だいじょうぶ」とだけ言われ、並んで歩いた。
食べ物のみやげ物屋オンリーで端から端まで見て、あれもこれもと買い物をし、
少し元気の出てきた彩香は、口数も多くなってきた。
「ソフトクリーム食う? ここのおいしいんだよ」
「うん…」
と、うなずいたあと、彩香はお店のお姉さんに言った。
「お姉さん、とぐろ…多めで…」
意識が薄くなっているわりには、食べ物にはちゃんと意識が集中しているようだ。
俺はソフトクリームを一つ買い、彩香の前に差し出した。
彩香はそれをペロッと舐めた。
―――えっ?
ソフトクリームは、俺が持ったままで、彩香は食べさせてもらっている状態だ。
「ほらっ」
差し出すと、彩香がペロっと舐める。
お、おもしれ~、犬だよ、犬。
「うまいか?」
「うん! おいしい。悠も食べなよ。おいしいよ」
「えっ? う、うん…」
一口食べる、彩香に差し出すと彩香が食べる。
二人で繰り返していた。
ふと、なんで俺が食べさせているんだろうと疑問に思ったが、彩香の両手は、買ったお菓子の紙袋で塞がっていた。
あ、そういうこと…っつーか、どんだけお菓子買ってんだよ。
俺も一袋持たされてるし…。
周りの人たちにも見られていたが、柱の影から、そんな俺たち二人の光景を見ている
4人の頭が縦に並んでいた。
「ありゃりゃ、悠ちゃん、お帽子を被っているとは言え、人前で…」
「完璧に回りの視線に気づかないというか、二人世界」
「悠! 楽しそうでなによりです!! くっ!」
「写メ撮って社長と加山さんに送っとこぉ~」
相楽とメンバーが、うれしそうに笑いながら、見ていた。
搭乗口の前に行くと、彩香はこれから飛行機に乗ると言う事を思い出したのか、
また無口になり、ズンと沈み、一点を見つめていた。
「やっぱ、隣に座ってやるよ、な?」
「ううん、だ、だ、だいじょうび…」
『ぶ』が、『び』 になってるし、顔は血の気なくなってる…
「悠、搭乗始まったぞ」 亮に呼ばれた。
俺が先に搭乗するため、他のスタッフが声をかけてきた。
「僕たちが彩香ちゃん見ますので、悠さん入ってください」
「だいじょうぶですので!」
「どうぞ、先に行ってください」
数人の男性スタッフに、彩香は囲まれた。
「あ、じ、じゃぁ、よろしくお願いします…」
なんだよ、なんだよ。あいつら、彩香の親衛隊みたいじゃないか…
俺がチケットを機械に差し込み、振り返ると、スタッフの一人が彩香の肩を抱いて
いた。
彩香にさわんなっつーんだよ。―――あ、あのやろーー。
「悠! とっとと歩け! 中に入ってから彩香ちゃんの様子見に行けばいいだろーが」
誠にケツを蹴られた。
「ってーなー、ぁにすんだよ」
俺はお尻を擦りながら、誠に蹴り返す。
「んだ! 痛てーだろ!!」
俺と誠は、蹴り合いながら中に入っていった。
彩香は、親衛隊もどきに囲まれ、自分の席に着いた。
一番後ろの真ん中。早々とシートベルトも、しっかり締めた。
オフシーズンのためか、後ろの方の席はガラガラだったが、荷物があるので早く出れるようにと、ほとんどのスタッフは、前列の席をキープしている。
「彩香ちゃん、ここにいようか? 俺たち」
「あっ、だだだ、だいじょうぶ…」
ぜんぜん大丈夫じゃないが、頑張った。
「もし、なんかあったら呼べよ?」
「ぁい…」
声がひっくり返っている。
スタッフたちは心配しながらも、自分の席に着いた。
*********
俺は、首を通路に出して後ろを見たが、彩香の席までは、ぜんぜん見えない。
大丈夫かなぁ、もしかして泣いてんじゃねーのか?
機内アナウンスが入り、離陸した。
「ぁ、もほだめかほしれなひぃ…」
頑張っていたが、言葉もおかしくなり、両脇の肘掛を握り締めたまま、
すでに意識は無い。
上空になり、シートベルト着用サインが消えた。
「おい、悠? 彩香ちゃんのところ、もう行っても……」
前に座っている相楽が、振り向き俺に声をかけたが、いるはずもなく。
「あぁ、悠ならサインが消えたと同時に、あいつも消えたよ…」
俺の隣に座っていた誠が、言った。
「ぶっはははは~どんだけだよ、あいつ」
みんなに笑われていたが、俺はエコノミー席の一番後ろに、一直線だ。
あっ、ぐったりしてる…
肘掛を握り硬直状態でピクリとも、動かない。
俺は、彩香の隣に座り、鼻の下に人差し指をあてて、息の確認をした。
「彩香…?」
生きてるよな? うんうん、生きてた。
よかったぁ~。
しっかりと握られている肘掛から彩香の手を外し、肘掛を上に上げ、少し椅子をリスライニングし、自分の肩に彩香の頭を倒し、勝手に手を握った。
―――よし!完璧!
こんなことでしか、幸せを噛みしめられない自分を情けなく思うが、これが精一杯だ!
30分もすると、朝が早かったので俺も寝てしまった。
様子を見に来た相楽が席にもどり、メンバーに耳打ちすると、メンバーが順番にトイレへ行くフリをして、俺と彩香の様子を、見に来ていた。
キヨが見に来たときには、俺の頭は、彩香の頭の上に乗っていた。
―――ぶっははは~~~サイコー~~~!!
持ってきた携帯で写真を撮り、キヨは席に戻ると、みんなに見せた。
-―――あ~あ、悠のこんな幸せそうな顔、はじめて見たよ。
大うけだった。
その写真は、沖縄に着いてすぐに、社長へ写メで送られていた。
音楽部でも大受けだ。
***************
「彩香?…彩香着いたぜ」
固まったまま俺の肩に頭を乗せている彩香を、ペチペチと叩いた。
「ん…ん?」
「着いたよ。沖縄。もう地面だよ?」
「え? 着いた!? よっしゃーーー!!!」
っだ!! びっくりした…
大きな声で気合を入れてたあと、彩香はガッツポーズをした。
回復が早すぎる。
さっきまでの、死にかけていた機上の人は、すでにいない。
「あれ? なんで悠がここにいるの? ダメじゃん! ここにいちゃ!
なにやってるのよ~やーねー」
……いつもの彩香に戻っている。
「さっ! 降りよう~こんなところからは、とっとと、おさらばよ!!」
彩香は、自分の全ての荷物と俺を置いて、そそくさと機内を出た。
俺は、お菓子の入った紙袋と、彩香の手荷物を両手両脇に抱え、
乗客の中で一番最後に、飛行機を降りた。