(54)憎まれ口
今年も残すところあと3日で新年か…
クリスマス明けから、彩香少し沈んでたよなぁ。
商社野郎と喧嘩でもしたのかと思ったけど、彩香…今日は商社野郎と会うとか言って、
出かけてる。
年末の超忙しい時に、のんびりと恋人と…デートですか…
ペットボトルに入った水を出窓に置いて、ついでに自分も出窓に座って窓の下を見ていた。
ここに座っていると彩香が帰ってくるのが見えるんだ。
…って、俺は忠犬なんとか公ですか…
俺はあの犬ほど賢くもない……か。
自分のバカさ加減を水で流し込もうとペットボトルに手を伸ばしたとき、黒の2ドア車が玄関の前で停まったのが見えた。
右側のドアから彩香が降り、左側の運転席に回り、中の人と何かを話してる。
商社野郎か…いい車乗ってるじゃん。
そいつは運転席から腕を伸ばし、ドアを挟んで立っていた彩香を引き寄せた。
……へぇ~、そういう仲になってんだ、すでに…。そーなんだ…、そう…なん…だ。
俺は水を持ったまま自分の部屋を出て、リビングのソファに腰を下ろした。
少し経ってから、彩香がリビングに入って来た。
「おかえり…」
「ん、ただいま~」
「遅かったんだね…」
「ん?ぇえ?まだ10時前だよ?忘年会よりぜんぜん早いじゃん」
「…デート…だったんでしょ…?」
俺はカラになったペットボトルのふちを、親指と中指だけで持ち揺らした。
「あははっ~、デート…ん、まぁ~ねぇ~」
そういうとクスッと笑い、そのままキッチンに行き水を取りに行った。
微笑む彩香の顔を見たとき、俺は奥歯を噛んだ。
そのうれしそうな顔を向けられたのは俺だけど、その笑顔を作らせている人は俺じゃない…
俺の座っているソファの近くまで来た彩香に言った。
「ふ~ん、楽しそうでいいですねぇ。彼氏…できてよかったじゃん」
乾いた口調の俺に気がついたのか、彩香がソファの背もたれ越しに、俺の顔をのぞいた。
「どしたの?悠?調子悪いの?疲れてるの?」
「別に調子なんて悪くねーし!疲れてもねーし!」
自分でもあきれるほど不機嫌丸出しだ。
「…ん、ならいい。じゃ、私はお風呂にでも入ってこよ~っと」
「…風呂…って、入って来たんじゃねーの?はははっ」
「あ”あ”?ど~いう意味?」
「……お泊りはしなくてもご休憩はあり?って感じ?」
最低だ、俺。
こんなこと言いたいわけじゃないのに。
呆れた顔の彩香が俺を睨む。
「前の男と別れてから、男との絡みもないけど、そんなに欲求不満女ではございま
せん!!」
「ふ~ん。でもキスはするんだ…」
「何?!見てたわけ?…変態!!」
ポコッ!!!
俺の持っていたペットボトルを取り上げて、俺の頭を叩いた。
「ってーな。叩くなよ!よくこんな暴力女と付き合ってるよなぁ、商社野郎。
あっ、商社野郎って『ドM』? ねーねー『ドM』と『ドS』カップル?」
「……バカじゃないの?ガキ相手に付き合ってらんないわ!それに商社野郎じゃなくて
深沢さんって言うちゃんとした名前があるんですっ!」
彩香は憤慨丸出しで、俺にペットボトルを投げ返して、リビングを出て行った。
俺、本当にアホだ。
ペットボトルで自分の頭を叩いた。軽い音がする。
中身の無い会話のキャッチボール。
いつも先に投げるのは俺の方。
彩香は深沢といる時間より、俺といる時間の方が絶対的に多いのに、彩香に笑顔を与えているのはアイツの方が多い。
彩香と出会ったのは…俺の方が先なのに。
わかってる…
恋をして恋人同士になるのは、出会いが早いか遅いかなんて関係ないこと…
いつの間にか、俺の前にも後ろにも彩香はいなくなっている。
彩香の姿が見えなくなってきている。




