(51)イブは彩香と…
パーティーが終わり、みんなが帰って行ったのは深夜4時を回っていた。
「悠は2時から仕事なんだから、早く寝なさい」と、麻矢口調で彩香に言われ、俺が4階に戻るときも、彩香はまだ3階で一人、片づけをしていた。
昼前に部屋から出てリビングに行くと、彩香は眠っているようで、テーブルには昼食の用意がしてあり、3階はきれいに片付けられていた。
俺は昼食を食べ、迎えの車で仕事に向かった。
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私は、夜、結莉ファミリーのクリスマスパーティーに来ていた。
クラブを貸しきり、ライブありDJありでたくさんの人が集まり大盛り上がり。
結莉は自分が主催者にも関わらず、人が多すぎてうるさいのは嫌いと、ダンスフロアには行かず、ずっとVIPルームでテキーラーを飲んでいる。
私は結莉の横で、テキーラの正しい飲み方の指導を受けていた。
それは、誰から見ても、お酒の飲めない人から見ても決して正しい飲み方ではない…。
私が指導を受けていると、部屋に俳優の谷口雅俊が入って来た。
整った顔つきは、目を見張るほどだったが、人気があるのかないのかわからない準主役級の俳優だ。
だけど、テレビにはしょっちゅう出ている。
「顔が良すぎて、今ひとつ光輝くものがない悲しい俳優!それは谷口雅俊くんでーす」
本人を目の前に、堂々と結莉がそう紹介した。
雅俊は、私の横に座り、いろいろと話しかけて来てくれた。
途中で修平に呼ばれ、私がダンスフロアに下りて行くと、今度はメチャクチャ
カッコイイ人を紹介された。
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人々が楽しいクリスマス・イブを過ごしている中、俺が仕事を終え、家に着いたのは10時を少しまわっていた。
彩香は…家にはいない。
深沢と一緒なんだもんな、いるわけないよな…
一人ブツブツ言いながらリビングの床の上で転がっていた俺は、思ってしまった。
「電話しちゃないよ、悠くん!でも商社野郎と一緒だしな~。あいつと一緒だからこそ
電話をするべきだよ、悠くん!!だよなっ!イブくらい邪魔してもマリアさまも許し
てくれるよな?うん!」
などと、アホな俺は、一人で天使と自分を演じていた。
携帯の彩香のメモリーを表示した。
画面を眺め、迷いに迷い、思い切ってコールボタンを押す。
が、コールのみで出ない。
……なんで、出ないんだよ。
くわぁーーー。もう1回かけてやる!!
なぜか今日の俺はムキになっている。
頭を掻きながら、もう一度コールボタンを押し、コールが続き諦めて切ろうとしたとき
「はい」 と出たのは男の声。
……深沢か?
一瞬、よからぬ想像が俺の脳裏をかすった。
彩香が出ないということは、彩香はシャワー中で…?
ホテル……なのかーーーー!
しかし、人の話し声とか騒がしさが電話の向こうから聞こえて来ている。
俺はつばを飲み込み、「えーと、彩香…」 と言うのが精一杯だった。
「あっ、彩香ちゃんなら、今席をはずしているんですが、戻ってきたら折り返すよう
に伝えておきます」
相手は丁寧に言った。
俺は電話を切ったあと、お得意の体育すわりのまま携帯を眺めて、彩香のコールを待っていた。
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私が結莉のいる部屋に戻ると、ソファに置きっぱなしにしておいた携帯を雅俊から渡された。
「彩香ちゃんの携帯に何度か電話が入って、僕、出ちゃったんだ、ごめん。
で、その人に折り返しますって、勝手に言っちゃったんだけど…」
「あ?そう?ありがとう~」
「もしかして、彩香ちゃんの彼氏?」
「ん?私彼氏いないも~ん」
「そうなの?じゃ、僕、立候補なんてしちゃおうかな?」
雅俊は笑えない冗談を言った。
「ははは~~」
と、私は、乾いた笑いをしながら携帯の履歴を見た。
携帯の表示は「ポン吉」
「悠?なんの用だろう…」
「悠」は「ポン吉」
「結莉」は「あねさん」
「修平」は「くり坊」
その他、有名人の登録名は、名前を替えてメモリしている。
携帯紛失時の万が一の時のためだ。
私は携帯を持って部屋を出て、静かな場所に行き、悠に電話をした。
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眺めていた携帯が鳴り、俺はすぐに出た。
「悠?電話くれた?」
「どこにいんの?今」
俺は冷静な声を作って訊いた。
「結莉さんのクリスマスパーティよ」
え?……
そういえば、俺もメンバーも誘われていたが、仕事だからと断ったんだ。
忘れていた…。
彩香も誘われてたのか…。
「さっき、男が出た。彩香の電話に…」
「あぁ、修平さんに呼ばれて携帯置いたまま席外しちゃったんだ。
だから部屋にいた人が代わりに出てくれたみたい」
彩香の携帯に勝手に出やがって!!
どこのどいつだ!
俺を焦らすんじゃね!
「で、なんか用だったの?私に」
「え…あっ、あーーー、みんながおまえに礼を言っとけって…」
「お礼?なんの?」
「昨日は、いろいろこき使っちゃって忙しくさせたから…」
「そんなのいいよ。別に無理してやったわけじゃないし、私も楽しかったから」
「ん…とりあえず…ありがとう…」
「いーえ、どういたしまして」
彩香が電話を切りそうだったので、俺はとっさに訊いた。
「…で!おまえ、今日…遅いの?」
「ん?今何時?11時か…もうそろそろ帰るよ。みんなはたぶんこれからだろうけど、
私はもう帰る」
「そ、そうなんだ!じゃ、俺迎えに行ってやるよ。場所わかるし」
俺はもうこの時点で立ち上がっている。
「ええ?いーよ。タクシーで帰るから」
「今日、クリスマスだぜ。タクシーなんて捕まるわけないだろ?」
すでにダウンに片方の腕を通している。
「じゃぁ、電車で帰る。まだ電車余裕であるし」
「近くに着いたら電話するから!待ってろ!」
俺は車のキーを握り締めた。
「え…もし、もしもーーし?」
―――プーーー。
俺はそそくさと電話を切り、玄関を出た。