(50)パーティー…カップケーキへの願い
「これから恒例の、願いが叶うケーキタイムで~~~す」
キヨが楽しそうにみんなに告げると、誠がキャスター付きのテーブルに綺麗に並べられた小ぶりのカップケーキを運んで来た。
いろいろな色でフロスティングされたカップケーキは100個ほど用意されている。
『一人一つケーキを持ち、男女問わず、願いを叶えてくれそうな人、
自分の気になる人に一口ケーキを食べさせ、残りは自分が食べる。
ケーキを食べさせた人を前に心の中でお願い事をする』
毎年恒例になっているこの儀式。
誰が考えたかというと……キヨだ。
キヨが数年前、好きだった女をパーティーに呼んだ年、あいつが考えたイベントが定着してしまった。
いやなイベントだ。
女たちから無理矢理食べさせられるケーキは、途中でいやになる。
ケーキの甘い匂いと、女達の香水が入り混じり眩暈がする。
キヨには、止めてくれと毎年言い続けている。
ちなみに、残念ながらキヨはその女に、フラれた。
ぜんぜん、願いなんて叶わねーじゃん?
みんなガヤガヤとケーキを取っていく。
彩香も、キヨから説明を聞いて、カップケーキを一つ持たされていた。
そして、なぜだか彩香の前に行列が出来ている。
男も並んでいたが、女の方が多い。
『彩香に食わせると願いが叶う』 誠が、まことしやかに流していた。
彩香は、わけもわからずケーキを口に放り込まれては、目の前で拝まれていた。
途中から飲み込めなくなったのか、水で流し込みながら、みんなのために一生懸命食べている。
俺は俺で、もう無理な状態に陥っていた。
いいかげんにしてくれよ…もぉ食えないし、いらねーっつんだよ。
吐きそうだ…。
俺は願いなんて叶えてやれねーよ。
やっと、女たちの願掛けが終わる頃、ふいに後ろから呼び止められた。
「悠…」
「ぁんだよ! もう食えねーよ!…」
俺は、振り向きざまに怒鳴った。
ケーキを持った彩香が、驚いた顔で立っていた。
「あっ、ちが、」
「ご、ごめん、悠…」
俺がいい訳する前に、彩香に謝られた。
「ごめん! やっぱもう食べられないよね~へへへ」
彩香はそう言うと、笑いながら背を向けた。
彩香を追いかけようとした俺の周りを、女たちが俺のケーキを狙い始め囲んだ。
最悪だ…俺。何やってんだよ…俺。
キヨのヤツ変なこと考えやがって…考えるなら「お茶」のことだけ考えてろってんだ。
ちきしょう…こんなところでコイツらに構っていられない。
他の女に取られそうになるカップケーキをかばいつつ、俺は彩香を探した。
「彩香見なかった?」
亮に聞くと、たぶんキッチンに行ったと教えられ、俺はパーティールームを離れた。
キッチンにいる彩香に静かに近づいた。
「彩香…」
俺の声にビックリして振り返った彩香は……
甘いものを食べさせられすぎて、しょっぱい物がほしかったらしく、自分用にちゃんとキープして置いたローストビーフをくわえていた。
……すんげー長いベロみたいだ…
苦笑いをしながらも、おいしそうにローストビーフを全部口の中に押し込み、両頬袋を膨らまし、勢いよく噛み始めた。
俺はその姿を口を開けたまま、見ていた。
今、声をかけてはいけないと思った。
しばらくして肉を飲み込み終えると、いつもと変わらない様子で聞いてくる。
「ん? どうした? 氷? スパークリング足りない?」
「……」
少し沈黙してしまった。
「ん、いや…これ……食え」
我に返った俺は、ケーキを少し手で千切り、彩香の口元に近づけた。
「ホラ、食え!」
「なんか、ものすごく無理矢理…」
そういいながら、パクッと食べた彩香の唇が、俺の指先を触る。
俺は、手を合わせて彩香を拝んだ。
柏手も2回打った。
「……私、賽銭箱みたい…で、なにお願いしたの?」
「言ったら叶わねーから、秘密だよ…」
俺は残りのケーキを食べながら言った。
「彩香の…彩香のケーキは? 俺さっき、腹いっぱいで…ごめん…」
「そりゃそうよね~あんだけ女の子たちからケーキ食べさせて貰ったら、
お腹一杯になっちゃうよね!」
彩香は笑っていた。
「ごめん…、それで、彩香のケーキは?」
「ん? 誠くんに食べて貰った! 甘いもの大好きなんだって~」
はぁ?
誠?
ざけんなよー、誠――――。
俺はパーティールームに戻り、陽気におちゃらけ、みんなに愛想を振りまいている誠を
見つけた。
「誠…テメェ~ふざけんなよ…」
低音で誠に言い、いきなり蹴りを入れた。
「なんだよ、悠。痛てーなぁ」
意味がわからない誠が睨み、俺も黙ったまま睨み返した。
「……わけわかんね~し」
誠にケツを蹴られた。
「おめ~ら、なにイチャついてんの~」
キヨがのん気に、ビンゴゲームで当たったパンダのパペットを手にはめ、動かしながら言った。
今年のビンゴゲームの賞品は彩香が選んだものが多い。
したがってキャラクター物が割合を占めていたが、女たちは喜んでいた。
「こいつ、どうにかしてくれよ…悠が急に蹴り入れてきてよ」
しかめっ面で俺を見た。
俺は俺で頬を膨らませたまま、誠を睨み続けている。
「はぁ? 悠ちゃ~ん? お子ちゃまじゃないんだから…
で、その頬の膨らみは、なんだ? ん?」
キヨのパンダが、俺の頬を突付いた。
「誠が…」
「ん? 誠がどうした?」
「誠がケーキ…食ったんだよ!」
「んん? ケーキ? 誠、おまえ、悠の分のケーキ食ったのか? ダメじゃないか!」
キヨのパンダが誠の鼻を噛む。
「あ”あ”? 食うわけねーだろ! 俺は、自分のケーキと女の子たちのケーキと…
……ぁっ…。……さや、彩香ちゃんのケーキ…食った……」
ヤバイという顔をして手で口を押さえた誠を一睨みし、俺はクルッと回り、
いつも座っている出窓に向った。
「あ~ぁ。すねちゃったよ…」
「ガキか、あいつは」
二人は顔を見合わせつつ笑った。
キヨのパンダも笑っている。
彩香に食べさせたケーキに託した俺の願い事…
―――彩香と、ずっと一緒にいたい。
ただそれだけの願い…。
それだけなのに。