(5)麻矢と悠
明け方まで友達と飲んで帰った俺が、午後5時過ぎに起きて、リビングに行くと、
麻矢がぼさぼさの頭でジャージ姿のままソファに寝ころび、のんびりと羊羹を
食べていた。
いつもこの時間は店に行くために支度をしているはずなのに…
麻矢はダイニングバーを経営している。
店もそこそこ大きい。各業界のたまり場にもなっている。
容姿端麗、人当たりが良く、物腰柔らかい話し方、上品な麻矢のファンは多い。
麻矢の表の顔しか知らないお客さまのご意見だ。
あくびを一つした後、俺は聞いた。
「今日、仕事ないの?」
羊羹の入った右頬をモグモグと動かしながら麻矢は俺を見て、
「ちょっと待て!」 と手で合図する。
躾にうるさい両親に育てられた麻矢は、口に食べ物が入っているときは決して
しゃべらない。
羊羹が喉を通り、口に何もなくなってから話しだす。
「今日は月曜日よ、私の休日くらいちゃんと覚えておきなさいよね?
そうだ、後でお夕飯の買い物に行くんだけど、悠も一緒に行く?」
「行かねー。疲れてるし…」
「な~にが、疲れてる、よ!飲んで遊んで疲れてるわけ?
じゃ、お夕食も要らないのね?そんなにお疲れの様じゃ食欲もないでしょ?」
麻矢はそう言い、残りの羊羹を口に放り込んだ。
「麻矢が作るなら夕食は食べるよ。で、何作ってくれるの?」
「…………」
返事がない。
口に羊羹が入っている。
俺はしばし待つ。そして、返事をもらう。
「カレー」
そうか、今日はカレーか…
カレー、ハヤシライス、ビーフストロガノフ、親子丼などなど。
『ご飯の上に何か乗っかっている系』が多い。
麻矢はソファから立ち上がり、部屋に着替えに行った。
俺はフローリングに朝刊と夕刊を広げ、順番に読み始めた。
「悠?私お買いものに行ってくるね?」
部屋から出てきた麻矢は、白いシャツとフィット感のあるパンツに履き替え、
髪型も化粧もばっちり決めていた。
たかが、近くのスーパーに行くだけなのに…めんどくさくないのかなぁ。
それにシャツのボタン開けすぎで胸の谷間見えてるし…
そんな目で眺めている俺の心が読めたのか、麻矢は腕組をし、見下げるように言った。
「なにか、文句あるのかしら?」
「え…?べ、別に…?」
「乙女はね、身だしなみが大事なの!大変なんだから~」
麻矢は乙女という言葉をよく口にする。
「乙女っていう年齢でもないだろ?25歳にもなってさ~。それに乙女って、」
―――しまった!!!
と、思うより早く、俺の頭に拳が飛んできた。
強烈なパンチに苦しみながら、「今日も綺麗です!麻矢さま…」と言ったが
「ふん!!もういいわ!別に悠のために綺麗にしてるんじゃないから!!」
ものすごい勢いでリビングのドアを閉め玄関を出て行った。
「あ~ぁ…きっと今日は俺だけ肉なしカレーだ…」




