(48)うどん屋・うどん子ちゃん
食事が終わり、お勘定をしようとしたら、おじちゃんがまた奥から出てきた。
彩香が「とてもおいしかった」と嬉しそうに言う。
「おう、ねーちゃん。またおいでよ。今度はこんなムサイ男じゃなくて一人でおいで」
「はい、そうします!!」
えっ…って、おい!
即答返しだよ。
「今日はお勘定いっから」
「えっ、ダメだよ。おじちゃん。ちゃんと払うよ」
「いいからいいから~。ねーちゃんも今日はおごりだからよ。気にすんな」
「でも…」
彩香も遠慮気味だったが 「いいんだって!おごりだ!祝いだ!」 と、おじちゃんはお金を受け取らなかった。
「じゃ、本当にご馳走になりますよ?」
俺たちは、お礼を言って店を出ようとした。
「おう、悠!!ちょっと来い!」
おじちゃんに呼び止められ、俺は彩香に、外で待つように言い、おじちゃんの所に行った。
おじちゃんがいきなり、俺の両手を握り締めた。
「な、な、なんだよ、おじちゃん、急に!」
「おじちゃんは今日、うれしい!祝いだ!よくやった悠!!」
俺は全然意味がわからず首をかしげた。
厚焼き玉子もうどんも天ぷらも祝いと言って、ご馳走になった。
「…なんの祝いなんですか?さっきから…」
「今日はなぁ、お前が彼女と二人で初めてこの店に来た祝いだ!お前があんな
かわいい女の子とよぉ、二人きりで来るなんて、お前が生まれてから此の方
一度もなかった!それが…それが…今日はよぉ~、おじちゃんはうれしいんだ、
うんうん。かーちゃんなんて、さっき仏壇に報告しながら涙をぬぐっててよ…
うれし~んでぃ…うっうっ…」
本気で泣いている…。
おばちゃんも、うなずいて泣いている…。
俺は、近くの客の視線を受けていた。
どうしたらいいのか、わからず、照れ笑いのままだ。
「……じ、じゃ、今日はごちそうさまでした…また、来ます」
「よしよし。まっ、次からはちゃんと金払えよ!」
「……」
俺が店の出入り口に向かうと、おじちゃんが、
「バンザーイ!バンザーイ!バン、ザーーーーーーーーーーイィィィィィィ!」
と、いきなり万歳を始め、背中におじちゃんの万歳三唱を受けとめながら、急いで店を出た。
そして、閉めた戸の向こう、店内から大きな拍手と歓声が聞こえた。
なんのための拍手と歓声かは、全くわからない。
「ごめん、寒かった?」
「ううん、大丈夫だよ。なんかおじさん叫んでる?っていうか店内盛り上がってる?」
彩香が不思議そうな顔で聞いてきたが、本当のことなんて言えない。
「うん…まぁ、見送りの掛け声?ってヤツかな?いつもだから…」
恥ずかしすぎるぜ、おじちゃん…でもありがとう、おじちゃん、おばちゃん。
俺はうれしかった。
だけど、彩香と俺は恋人同士なんかじゃない。
彩香には、深沢がいる。
寒空の中、店の前には、まだまだ行列が出来ていた。




