(46)イブのイブのイブだから…
パーティ前日、午前中に目が覚めると、彩香はいなかった。
事務所に行ったが、彩香は朝から買い物に行っていると言われ、俺はその足でコンビニに行こうと玄関を出て、商店街に向かって歩いた。
商店街を歩いていると、遠くの方からフラフラとした足取りの女がこちらに歩いてくる。
「彩香?」
俺が早歩きで、近づくと、やはり彩香だった。
両手に何か大きな袋を二つぶら下げ、ヨロヨロと歩いている。
「おはよう。おまえ、何やってんの?」
「あ…悠…おはよう。ちょっと肉屋に行ってた。たのんでおいた肉貰いに」
息が切れているようだ。
俺は、彩香の荷物を持とうと、手をかけた。
「あっ、ローストビーフ用の肉10キロとチキン5羽。重いよ? 大丈夫?」
……うっ、お、重い。
「俺に言えよ。車出すし…、一人で無理するなよな」
「大丈夫と思ったんだよね~。結構、腰に来る」
今度は俺がヨレヨレしながら自宅に戻った。
重い肉をキッチンに運んだ後、彩香に言った。
「彩香…昼メシ食いに行かない…?」
「もう12時になるのかぁ。お腹空いたの? 今、作るから待ってて」
「外に食いに行こう」
彩香は「ダメだ」と言った。
まだ、肉料理の下ごしらえもあるし、スーパーに買い物にも行くという。
「車で行って、帰りにスーパー寄ればいいじゃん?」
「家で食べればいいでし ょ?それに今日は人がいっぱいだし。悠、目立つし」
今日はクリスマス・イブのイブのイブ、22日で、土曜日だ。
「大丈夫だよ。じゃぁ、俺、変装するから! 目立たないように」
彩香が行きたいと言っていた、うどん屋「うどん子ちゃん」に連れて行きたかった。
「うどん子ちゃん」は、俺の家族と麻矢の家族が昔から通っている店。
以前、「手打ちで、すごい旨いんだよ」 と話をした時、目を輝かせていた。
外食はダメ!と、言い張る彩香に言った。
「うどん子ちゃんに行こうと思ってたのになぁ…」
「…うどん子…ちゃん?」
俺を見る彩香の目つきが、少し変わった。
「彩香、行きたがってただろ? うどん子ちゃん。でも、残念だけど今度にしよう…」
そう言い、横目で彩香を見た。
数秒悩んだ後、「行く!」と態度を変えた。
どうして、こう食べ物に左右されるんだろう、こいつ。
俺に、ちゃんと変装するように言い、彩香はキッチンに入った。
俺は、着替え終え、リビングのソファに座って待っている彩香に声をかけた。
「おい! 行くぞ、彩香」
「へ~い…。…………」
振り向いた彩香は、俺の頭の先から足の先までを見て、溜息を吐いた。
「なに?」
「どこが変装してんの? そのまんまじゃん! そのまんま! そのまんま悠!」
帽子を被るわけでもなく、格好も上下黒でいつもと変わらない俺の姿に冷たい視線を送り続けている。
「とりあえず、サングラスは持ってきた、ホラ!」
サングラスをかけて見せた。
「……もう、いいよ…早くうどん子ちゃんに…行こう」
彩香の心はもう、うどん子ちゃんに行っているようだ。
足が玄関に向いている。
俺の愛車・クーペに乗り込むと、助手席に座った彩香が言った。
「私が運転してあげようか?」
ニッコリ微笑む彩香に、同じように微笑みを返した。
「いや、結構」
「あっそう…」
唇を尖らせた彩香は、前を向いた。
彩香は何度か、俺の車に乗っているが、出発前にいつも決まって一言いう。
「運転してあげようか?」
この車を運転したくてしょうがないらしい。
今までも、俺が運転中、たまに上下に首を動かしながら、俺の手元足元を、チェックしている彩香が、視野に入っていた。
たぶん、俺の運転技術を盗み見て、この車を運転するチャンスを狙っているに違いない。
今でも忘れないあの夜、俺は誓った。
こいつには絶対この車のハンドルは握らせない。
誰が運転させるものか、この席には座らせない。
あの恐怖の夜…二度とごめんだ。
彩香に運転させていいのは、会社の車だけだ。
俺はサングラスをかけて、エンジンをかけた。