(44)麻矢の正体
「おい、彩香?大丈夫か?」
彩香は俺のシャツを握りしめたまま腕の中で倒れた。
「おい、麻矢、バスローブでも羽織って来いよ。俺も見たくないよ、そんな格好…」
「あら!失礼ね!もぉ~」
俺は彩香をソファの上に寝かせ、彩香の頬を少しだけ触った。
さっき、地震が来なかったら…
俺はあの時、酔っている勢いで彩香に「好きだ」という言葉を投げようとしていた。
……本当は酔ってなんていない。
酔うほど飲んでなんていない。
酔ったフリをしなくちゃ告白もできないのか、俺は…。
だけど、そのチャンスさえ、なくなった。
麻矢がバスローブを着て戻ってきた。
「シメジまだ目覚まさない?」
「うん…っつーか、彩香が気絶したの、麻矢の所為だぞ!」
「うっそ~ん。地震のショックでしょ?」
そう言いながら、麻矢は彩香の頬を突付いたり、伸ばしたりして遊んでいた。
5分程経ち彩香の目が開いた。
覗きこむ俺と麻矢の顔を交互に見た後、彩香はもう一度目を閉じた。
「……」
「彩香?大丈夫か?ん?」
「シメジ?シメジちゃ~~~ん?」
「……」
閉じている瞼がピクピクしている。
眉間にはしわが寄り始めた。
「起きろ!彩香!意識戻ってんだろ?!」
おでこをバシッと叩いたら目を開け、起き上がった。
「…へへへ……」
と、一つ愛想笑いをしたあと、真顔になった。
「驚いたんだろ?」
俺の問いかけに、深く首を縦に振った。
「地震にでしょ?シメジ?」
麻矢の問いかけには、首が横に振られた。
麻矢は俺の顔を見て不服そうな表情をした。
「じ、じゃぁっ、わたしぃ?!」
麻矢の怒りぎみの問いかけに、彩香は思い切り首を、縦に振り続けた。
「そんなに首振らなくていいから…首取れちゃいそうだから…ね?」
俺は彩香の顔を両手で押さえて止めた。
相当動揺している。
「俺がちゃんと順番に説明してあげるから、聞く?」
彩香の首が、大きく縦に振られた。
麻矢は男だ。
幼馴染の麻矢が女になりたいと俺に言ってきたのは、麻矢が中学2年で俺が中学1年の時だった。
小さい時から体の線が細くて色白で綺麗な麻矢は女の子みたいだったが私立中学に入学し、男ばかりの生活で本来持っている何かが覚醒されたようで花開いちゃったというか…
麻矢が中学1年の時に一つ上の先輩を好きになり、いろいろな狭間でもがき苦しんでいた。
「女になりたいんならなればいいんじゃない?」
などと適当な俺のアドバイスで、麻矢は高校生になるとバイトを始めた。
麻矢の家は資産家なので金はあるが、家族にも言えず自分でお金を貯め手術費用を作った。
20歳になる前に、祖父母・両親・兄の5人の前でカミングアウトをすると決断し、
なぜか俺も同席させられた。
家族は薄々わかっていたらしく、麻矢がカミングアウトした時も、
「自分の人生だ。自分の行きたいように歩きなさい」
「胸を張って生きていけばいい」
と理解ある言葉を家族から貰い、麻矢がある意味、胸を張って生き始めたのが20歳からだ。
豊胸手術をしたのも20歳だし。
困ったことは、麻矢の家族から同席した俺が麻矢の彼氏と思われ、
「悠ちゃんだったら小さい頃から知ってるし安心だ」
と言われ、誤解を解くのに時間がかかった。
もうすぐ26歳の麻矢の下はまだ途中だが、たぶん来年あたり完璧になる予定。
今はまだ下の方が、アレは取っているけど、アレは残っているという状態だ。
そんなスッポンポン姿を目の辺りにした彩香は、驚きのあまりしばし意識を飛ばした。
麻矢のことをずっと女だと思っていたのだから、しょうがないか。
彩香は俺の話を聞き終わると、麻矢を静かに抱きしめた。
「シメジ…?」
「麻矢さん…麻矢さん、今しあわせ?」
「ええ、とてもしあわせよ」
「うん、なら…いい。それが一番いい。麻矢さんがしあわせならそれでいい」
「シメジ…」
麻矢の目から涙がこぼれた。
抱き合ったままの二人の姿を俺は隣で見ていた。
彩香は麻矢を抱きしめたまま、言った。
「でも、ちょっとずるい…私より胸が大きい…」
「……」
「良い先生紹介しようか?海外だけど…」
「うん。考えておく」
地震に揺さぶられ消えた俺の彩香への告白。
麻矢は地震のおかげで彩香に抱きしめられた。