(43)麻矢の正体
麻矢の恋人が海外出張で2週間日本を離れている。
久しぶりに月曜日の夜、麻矢と二人で家ごはん。
悠はラジオ収録の後、メンバーと飲みに行くから今夜は遅くなると連絡が入り
「今日の炊事はお休みね」と麻矢が出前を取ってくれて食べていた。
「リチャードが日本に居ないのは淋しいけど、たまにはお家でゆっくりって
いうのもいいものよね~」
麻矢の恋人・リチャードは外資系の会社で働いている。
海外出張も多い。
たまに麻矢は一緒に付いて行っているが、それはヨーロッパ方面の出張の時だけで今回も「一緒に行ってほしい」とリチャードに言われたが、誘いを断っている。
出張先が東南アジアだったためだ。
理由は「暑い所は化粧が崩れるからイヤ」ということらしい。
相変わらず恋人に対してはわがまま。
それでも許してしまうリチャードは、そうとう麻矢に惚れているのだろう。
「今度、シメジにも紹介するわね、私のダーリンを!」
左頬の横で両手を合わせ「うふっ」と首を傾げる。
かわいいなぁ、麻矢さん~。
私も麻矢さんの四分の一くらいでも、そのかわいさがあったらなぁ……
麻矢さんをこんなにかわいい女にさせてしまうリチャードって、どんな人なんだろう。
リチャードだから…アメリカ人?
でも、華僑ってのもあるし。
日系もありか…
麻矢さんが惚れるような男なんだから、いい男なんだろうなぁ。
いろいろと想像を張り巡らしていた。
「で?シメジは?どうなの?」
麻矢が親指を立てた。
「ん?ああ、男?」
「どうなのよ、ふふふ」
「男」と聞いて今浮かぶのは……
麻矢も深沢の顔は知っている。
はじめて会った時、麻矢も一緒だったし、紹介してくれた人は麻矢の友人だ。
私は深沢の話を始めた。
私が悠の話をすると思っていた麻矢の顔が一瞬、「え?」となったことなど気づかず、深沢がどんな人なのかを全部話した。
「……シメジは深沢さんのこと好きなの?」
「ん?」
「ずいぶん、楽しそうに話すから。好きなのかしら?って」
「んー。まだわからない。でも嫌いじゃない。嫌いじゃないから会ってるんだし。
年齢も年齢だから慎重になっちゃうかもしれない」
好きか嫌いかと問われれば、好き。
友達以上恋人未満。この先もこの関係かもしれない。
それが不満か?不安か?と聞かれたなら、今のところ小さい不満と小さい不安が
少しだけあるくらいだ。
「悠には?深沢さんの話とか、してるの?あの子、聞いてこないの?何も言って
こないの?」
なぜ、関係のない悠の話が出るのかわからなかった。
麻矢が悠のことを、たたみ掛けるように聞いてくる。
いつもと違う麻矢に少し戸惑った。
********
12時を過ぎて麻矢がシャワーを使っている時、悠が帰ってきた。
「お帰り~」
「ただいま…あ~~寝みーーーー」
リビングに入ってくるなり床の上に大の字になって寝転ぶ悠を、上から見下ろした。
「風邪ひくから止めなさいよ。こんなところで寝るの。ちゃんと着替えて、」
「うっせ!ほっとけ…俺のことなんて、ほっておーーーけ~~~」
完全に酔っ払っている。
だけど目はぱっちりと開いて私を見上げている。
「彩香…?」
「ん?なぁに?」
「……彩香ぁ」
「ん?」
「さや…か」
「はいはい、なんですかぁ?」
私はあなたを上から見下ろしたまま、いつまで返事をしていればいいのでしょうか?
ふふふ…
酔っ払い相手も楽じゃない。
だけど悠が酔っても嫌だとは思えない。
時々かわいい酔っ払いになる。
「彩香ぁ…俺さぁ…」
「うん…どうしたの?」
「俺……彩香が、す」
「きゃーーーー」「うわぁっ!」
突然、部屋が大きく揺れた。
悠は寝ていた体を起こし、私はしゃがみ込み悠のシャツを握りしめていた。
「結構大きいよな、これ」
「うん。まだ揺れてるよ?大丈夫かな…」
バタンッ!バタバターーーと浴室から麻矢が走って出てきて、リビングの扉を
バンッ!!と開けた。
「いや~ん、もぉ~こわぁ~い。なぁに?地震なの?今のは!!」
相当驚いて慌てて出てきたのか、頭にシャワーキャップだけをかぶり、バスタオルも巻かずに生まれたままの姿の麻矢が立っている。
?生まれたまま?なの…?
「……・・・・・・」
まだ揺れてる?
ううん…違う、この揺れは地震じゃない…私自身が揺れている…?
地震と自身…頭がクラクラしてきた。
「悠…私なんか、変なもの見ちゃ…た…」
「おい、彩香?彩香?」
「あら~シメジィ~~?」
悠と麻矢の声が遠のいていく。
私は悠の腕の中で気を失った。