(39)彩香の寝顔
次の日の夕方、出かける前、彩香に声をかけようかと思ったが、深沢とのデートのための
支度をしているのか、まだ部屋にいるようで、結局ドアをノックできなかった。
心晴れないまま、俺は玄関を出た。
音楽仲間との食事のあと、クラブに行って飲んでいたが、彩香のことが気になって楽しめない。
―――今ごろ商社野郎と一緒かよ…ムカつくぜ、商社野郎!!!
頭の中で蠢く顔も見たこともない商社野郎を、パンチで消しては一杯飲み、またパンチで消し一杯飲むを、一人で繰り返し、何杯飲んだかわからないほどになっていた。
だけど、ぜんぜん酔えない。
深夜、1時近くに店を出て、タクシーを拾い、くっ付いて来た女と家の前で降りた。
彩香がこの家に来てから女なんて連れ込んでいない。
他の女なんてどうでもいい。
仕事が終わってこの家に帰ってくれば必ず彩香がいる。
彩香の「おかえり」の声が聞きたくて、早く顔を見たくて、俺はいつも急いで
帰ってきていた。
だけど、どうせ今日は彩香だってお泊りでいないんだから、おあいこってことだ。
家の外から4階部分を見上げた。
―――電気、点いてない…泊まり…彩香は商社野郎とお泊り。
だ~れもいない…ふんっ。
溜息と共に寒さに負けた白い息を吐きながら、俺はそのまま女を連れて4階に上がった。
玄関に入ると、すりガラスで出来ているリビングの扉に青白い光が反射していた。
「あれ?テレビ点けっぱなしか?」
部屋の電気は消されているが、テレビの光が見えた。
女を玄関に待たせ、リビングを見に行った。
大きなテレビの前で彩香が毛布を被って寝ている。
「彩香…?出かけたんじゃ…」
家にいたんだ…そうかぁ。
俺はなんだかホッとして、顔が緩む。
単純すぎる、俺。
彩香の横に腰を下ろし、少しの間、彩香を見ていた。
あっ!女…忘れてた…玄関に待たせっぱなしだ。
女の所に戻り、真面目な顔で言った。
「悪いけど、帰って!今、タクシー呼ぶから」
「ええ~!なによぉ~それぇぇ~~」
女がごねるが聞く耳は持たない。というか、無い!
俺は携帯からタクシーを呼んだ。
「悪いね!この埋め合わせは…あー、ない!」
おまえなんて相手にしてられない。
タクシー代を渡し、女をとっとと追い出した後、すぐに彩香のところに飛んで行った。
彩香が言うように、俺は女に対してサイテーな男だ。
テレビの電源を落とし、彩香の横に座り直して、眠っている彩香の顔をジッと見つめた。
頬を撫でる。
俺の指先は、知らない間に彩香の柔らかい唇を触っていた。
仕事だったとはいえ、キスをしたことのある彩香の唇…
ジッと見つめた。
ジッと見つめた…
…………見つめすぎた…
うっ、ヤ、ヤバイ…しもの方が…。
く、く、くるしいぃぃぃぃ~。
彩香の寝顔を見ているうちに、下半身がパンパンになってきた。
俺は我慢したが、つ、辛い…ムリ、無理かもしれないーーー!!
一人、頭と心の中でのた打ち回りながらも、気を散らそうと一生懸命考えた。
座禅を組み、目を瞑って思い起こした。
亮の顔。
誠の顔。
キヨの顔。
相楽の顔。
社長の顔。
……麻矢の……
よ、よし!な、萎えた!!最強だよ、麻矢!
人間頑張れば何とかなる!!
俺は結局、家にいた彩香に安心して、酒が急に回り出し彩香の隣で、いつの間にか寝てしまっていた。
☆☆☆☆☆
深夜4時近くに麻矢が帰宅し、リビングの電気をつけて驚いた。
床の上で悠と彩香が丸まって寝ている。
悠は毛布も掛けず寒いのか彩香にぴったりとくっ付いていたが、悠のしあわせそうな顔に麻矢は思わず笑みをこぼした。
すぐに照明を消し、悠の部屋から掛け布団を取りに行き、二人に静かに掛けた。
「おやすみっ!チュッ!チュッ!」
と、麻矢は二人分の投げキッスをしてリビングを出ていった。