(35)相手は誰だ!?
俺はテレビを見つつ、チラチラと、オープンキッチンの彩香を見ていた。
彩香…おもしれーよなぁ。
タレント部でマンガ読んでお菓子食っても、みんなに何にも言われねーし、
ほっとかれてるって訳でもないし…。ファンもいるみたいだし。
好かれてんだろうなぁ、きっと。
だけど、事務の仕事あんまりしてない割には、ちゃんと月給もらってるよなぁ。
なんでみんな文句言わねんだろう…
彩香を見ながら微笑んでいる俺の視線に気がついたのか、急にこっちを向いた。
「どうしたの? 悠、今作ってるからあせらない、あせらない」
俺は彩香のいるキッチンに行き隣に並んだ。
「彩香さぁ、彼氏…出来た?」
俺なに聞いてんだろ…
出来た…って言われたらどうするんだよ、俺。
「んっ?…できないわよ…」 ムッとした顔になる。
「ふ~ん、そっ!」
「何! それ!あっ!! 腹の中で笑ってるんでしょう!」
「笑ってねーよ」
「哀れんでるんでしょ! ぜんぜん男もいないって!!」
「そんなこと思ってねーよ」
ムキになってる…かわいいよな…
「でもね~ふっふっふっ」
彩香が菜箸を握りしめ、左右に振った。
「なんだよ、その不敵な笑い」
「あのね~、あっ、言うのやめよっ!」
今度は菜箸で口の前で「×」を作った。
彩香のうれしそうな笑顔に、俺は急に不安になった。
「教えろよ、なんだよ…」
「ん~~やっぱ内緒!悠に言ったら久々の出会いもこっぱみじんになりそう」
「え? で、あい?」
出会い…って。
聞いてないよ、そんなこと…
彩香が言ってないので、聞いてないのはあたり前なのだが、俺はあせっている。
「ふふふ~ん~、ひ~み~つ~~~だもんね」
彩香はうれしそうに菜箸を両手に一本づつ持ち、上に上げた。
なんのポーズだか全くわからない。が、そんなことより俺は誰と出会ったのか
知りたかった。
「教えろよ、相手誰だよ」
「な、なによ。も~、やきもち焼いちゃって~や~ね」
彩香は冗談のつもりなのだろうが、やきもちという言葉に自分の気持ちに嘘が
つけなくなっていく。
俺、彩香のこと誰にも取られたくないと思っている。
それは男女関係なく。
タレント部のスタッフにでさえ、ジェラシーを感じているんだ。
みんなが彩香をかわいがる、それだけで俺は苛立っている。
「マジ、誰だよ…」
「ん? しょうがないなぁ、じゃぁ教えるよ。この間、麻矢さんと飲みに行ったとき、
麻矢さんの知り合いの人から紹介してもらったの! 広告代理店の人でね、32歳。
これがまた中々のいい男で、」
「何回会ったの…?」
「えっ!?」
「何回デート…したの?」
彩香のお得意の顔が出た。
頬を膨らます。
「……だ…」
「ん? 聞こえない」
俺の顔は、たぶん一生懸命冷静を装っている。
「まだ!!」
彩香はそういうと、斜め45度、顔を隣にいる俺の反対側に向けた。
「あ”あ”??」 俺の口元が緩んだ。
「まだ…デートしてない! 電話しますって言われて、まだ連絡来てない!」
彩香は味噌汁を、思い切りかき混ぜ始めた。
「はぁ? あっははははは。で? それ何日前の話? ねぇねぇ」
俺は笑いながら、味噌汁をかき回しすぎる彩香の手を押さえた。
豆腐がぐちゃぐちゃになるよ…
「二週間位前…」
「へぇ~。…残念だったな?」
「ちょっと! 何その楽しそうな顔は! そんなことまだわかんないでしょう!
これから恋が芽生えちゃったりする可能性だってあるんだからね!!」
「あのさ、商社関係の仕事してる人って結構モテるんだぜ?綺麗な女だってあいつらの
周りにはうようよいるんだぜ!」
「……な、なによ。それじゃ、私には可能性がないってことじゃん」
彩香は頬を膨らませ上唇を噛んで俺を睨む。
怒ってる?
「彩香に可能性があるとすれば、0.001%くらい?」
「……全くないじゃん!それ!!」
「……」
「あー、なんか言いなさいよ。黙ってるって、本当に可能性がないって言ってる!」
「……彩香にはもっといい男が現れるよ」
「いい男? 誰よ、どこよ、その人連れてきて!早く!」
「目の前にいる…とか…」
すんげー恥ずかしいこと口走ってるよ、俺…。
「目の前? 悠のこと? ぶっひょひょひょ、おふざけじゃないわよ!
私にはもっと大人なステキな人が似合うのよん。ん? わかる?
お子ちゃまには用はない! あっちへお行き!しっしっ!」
菜箸で跳ね除けられた。
全く相手にされてない。
「おまえな…俺だってもっとかわいくて若い子がいいに決まってんだろー」
「わ、若い子ぉぉぉ? あんた、地雷踏んだわ。私の地雷を! ボンボン爆発中!」
そういうと、彩香は炒めている野菜に胡椒をどばどばと掛けた。
「や、やめろよ! 食えねーだろ、そんなに入れたら!」
「罰だ! 愛の調味料!!」 彩香の目は、座っている。
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「さて、もうそろそろ事務所戻らなくちゃ」
昼食後、お茶を飲んでいた彩香が椅子から立ち上がると、携帯がなった。
「もしもし? どうしましたぁ?」
笑いながら電話をしている彩香の電話の相手が気になってしょうがない。
ホントに俺、どうにかなりそう。
どうしよう。
テーブルの上に頬づえをつき、彩香を見つめた。
「あ、いいよ。あはは、そうだね! デートだね!」
デート? デートって誰だよ! 商社野郎か!?
「ん、じゃ、明日ね」
電話を切った彩香に聞いた。
「…誰から?」
「ん? 誠くん」
「誠ーーー!?」
「明日、午後から洋服買いに行くから付き合ってくれって。
で、お昼ごちそうしてくれるってぇ。ラッキィ~」
ピースサインをしながら、彩香がリビングを出て行こうとしたのを追いかけた。
「おい、ちょっ、待てよ」
「なんで誠に付き合うんだよ。おまえは俺のお手伝いだろ?」
「明日の土曜日はお休みだよ? 私の自由の日で~す」
「…何時、何時に約束?」
「ん? 12時。んじゃ、私は事務所行くからね。今日の夕食いらないんでしょ?」
「いる、いる!」
「ええ? 出かけるんでしょ? 飲みに行くって言ってたじゃない」
「キャ、キャンセルになった!」
「ぁあ? んもぉ、早く言いなさいよね。ったく、後で買い物してから戻ってくるわ…」
彩香は、事務所に戻っていった。
今晩飲みになんて行ったら明日起きられない。
すぐに友達に連絡をし、平謝りで飲み会をキャンセルした。
―――ざけんなよ、誠。何考えてやがる!