(31)悠…サイテーすぎる
少しふくれっ面の彩香の運転で、局に着き、控え室に入る。
いつものように、彩香と相楽が軍隊みたいな挨拶で、俺の引渡し作業を終えた。
「いつも悪いね~彩香ちゃん。悠の起こし係!」
「あっ、別にお仕事なんでかまわないですけどね…悠ってサイテーです!
女性と一緒にいる現場を押えたのは、今日で2回目なんですけどね、
女性に対してサイテー!」
俺の顔を横目で睨みながら口を尖らせる。
現場とかいうなよ…
「サイテーサイテーって、うるせーんだよ」
俺は脱いだ靴下を彩香に向かって投げた。
「ぎゃっ!なにすんのよ!きたない!!」
彩香が靴下を投げ返して来たが、その靴下は俺の隣に座っていた亮の頭の上に乗っかった。
亮は頭の上に俺の靴下を乗せたまま、冷たい視線で俺を見た。
軽く会釈をして取り除いてあげた。
「俺がサイテーなら、みんなもサイテーってことだろ?」
「ええ!!!みんなも…?!」
彩香は一人一人の顔を見たあと、控え室の畳に倒れこんだ。
「みんな…変態…し、し、色魔ぁ」
ブチブチ言いながら、畳の藁をムシり出した。
「おい、そんなもんムシんなよ。局の人に怒られるから!」
「だって、もう結構ムシってあるよ?」
そうなんだよ…この局の畳の藁って所々ムシられてんだよなぁ。
誰がムシってんだろう…。
「彩香ちゃんってさぁ、彼氏とかいるのぉ?」
誠が着替えながら聞いた。
「…そこ聞いてきますかぁ…?」
「いねーよ。彩香、男に捨てられてこっぱみじんになって吉田プロに来たんだから」
代わりに答えた俺。
同情の目でみんなが彩香を見ると、また畳をムシり出した。
「だから、ムシるなって!言ってるだろが!!ぁあ”?」
彩香の手を掴むと「ケチ…」と、下唇を突き出し頬を膨らませた。
ケチとかそういう問題じゃなくて…。
「じゃ、お年頃なんだから次の男、早く見つけなくっちゃな。ははは~」
相楽が2個目の弁当を食べながら言う。
相楽はだいたい楽屋弁当を3個は食べる。
用意されているのは人数分のはずなのに、いつもどこからか調達してきては食べていた。
「まぁ、わたくしも三十路まで2歩ほどで到達しますから、そろそろ考えなければ
ならない問題ですよねぇ。結婚とかも…」
彩香はあぐらをかいて腕組みをしている。
おっさんかよ…おまえは。
「彩香みたいの嫁にしたら大変だろうな。その彼氏とやらに同情しちまいます俺!」
俺は、心にもないことを言った…。
「ひっどぉ~い。これでも料理洗濯得意なんですからね!」
…知ってる、彩香が家事が得意なのは…。
麻矢が居ない日のプチ夫婦生活みたいのは……楽しい…
ずっと続けばいいのに、と思っている俺がいることも確かだ。
「悠、おまえが、さやちゃんを嫁にもらってやれよ」
「そうだそうだ~それがいい」
メンバーが勝手なことを言い始めたが、今朝、自分で口走った言葉を思い出し
顔が赤くなった。
―――こいつ、俺の未来の嫁さん。
ベッドの中にいた女に言った言葉。
「悠と結婚したら…」
彩香が俺をチラッと見た。
えっ?俺と結婚したら…?
「浮気相手の女性への慰謝料で財産なくしそうだし…なんか苦労しそうだし」
んな、なんだそれ!
「全世界に、悠の子供って何人くらいいるのかなぁ?まだ若いからこれからも増え続ける
可能性だってあるわけだし…人類みな兄弟だからいいけどさぁ」
彩香の発言にみんなは、うなずきながら大笑いであるが、俺、笑えない…
彩香…冗談ぽくではなく、真面目な顔で言ってるし。
「っ、ざけたこというなよ!いねーよ、子供なんて!それに俺、結婚したら浮気なんて
しねーもん!女房大切にするもん!」
真剣に反論している自分に気づかず俺はまた、彩香に靴下を投げた。
「っ、だから汚いからやめなさい!って言ってんでしょう?!」
「きたなくねーよ、俺の靴下は!!」
もう片方も投げた。
「げげっ!やっだもぉ~」
こんな俺たちを、みんなはたのしそうに見ていた。
俺の彩香に対する態度は、メンバーや相楽の目には新鮮で自然に映っていた。